ITエンジニアにおける転職時の年収は、どの程度で合意するのが良いかという問題
「年収をいくら出せばなんでもできるエンジニアが来るか?」という投稿が2022/2/8にTwitterを駆け巡っていました。「800万円だと良いか?」というところからスタートし、「いや安い、1000万円は必要だ」「5年前は500万円だったよな?どうした?」などと紛糾しておりました。他方「給与や待遇に拘る人とは働きたくない」と言うある職種の方が1週間ほど炎上したりしていました。
年収の話は重要な要素ではあるものの、トレンドが変わりやすい上に炎上しやすいので避けてきたのですが、どうにも世間的にターニングポイントを迎えているので触れておこうと思います。
給与というものは上がるに越したことはないのが被雇用者側の気持ちですが、雇用者側が無理をして提示しているパターンが少なくなく注意が必要だというお話です。
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震源地は調達のうまいスタートアップ
過去の当noteではエンジニアに対して強気の金額提示をしている企業として、外資コンサルとスタートアップの存在を挙げていました。外資コンサルがやや落ち着いてきた中、スタートアップの勢いは止まりません。それ以外の企業についてはこの強気の年収提示に対してやむを得ず追従しているという構図です。
実際に元気の良いスタートアップ何社かとお話しすることがあり、何が起きているのかが見えてきました。いずれもVCからの調達がうまくいっているという共通点があります。特に海外投資家から出資をしてもらっているスタートアップについては「エンジニアにお金を惜しむな」という助言付きで投資を受けているため、強気な金額提示を実施しています。「上限2500くらいは行けます」というコメントも耳にすることができ、この採用スタイルには勝てる気がしないと思った次第です。この結果、前職と比べて1.25-2.5倍の給与提示に繋がっているようです。
あくまでもスタートアップであることから未来永劫その給与を提示し続けられるかというと、それ以外の企業と比べて可能性は低いでしょう。しかしプレイヤーの数は多いことから彼らの動きが転職市場を底上げしていく動きは当面続くように思われます。
問題は年収と期待値の天秤
高い年収が提示されたり、エンジニアの年収が相対的に上がるのは結構なことなのですが、実際には手放しで喜ぶと非常に危ういです。世界的にエンジニアの年収が高騰しているので、どうしても原資に当たるITエンジニアを確保せねばならない各社は「今は市場感的にこれくらいはやむを得ない」として気張って給与提示をします。
しかし自社の既存の給与水準を度外視してしまったことで、入社後しばらくして悩む企業というのは少なくありません。どういったことがキッカケで企業が悩み始めるかというのを下記に示します。
本人のスキルだけでなく、外部要因・環境要因も含めて想定した活躍ができなかった場合
経営層交代、社内の経営方針変更に伴う優先順位の変化
オファー時に成果イメージの合意が曖昧であり、誰も目標が分からない
粗利率の関係から耐えられない
成果が分かりやすい他職種との軋轢
営業部門における売上(功績が見えやすい)
法務部門における上場(功労を讃えやすい)
当該企業の給与水準と期待値のバランスに注意
個人的な見解として最も注意すべきだなと感じているのは、当該企業の給与水準と期待値のバランスです。まず持って当該企業の中で役員クラスと並んだりするのは期待値が青天井になるので非常に危ういです。
ITベンチャー界隈のうちミドル以上では「一旦入社して年収合意するとまず上がらないので納得の行く年収でサインするべき」という話を耳にすることがあるのですが、高過ぎる給与水準は前述のような「採用コストも含めて元を取れているか?」「年収分の利益貢献があるか?」という厳しい視線に晒されます。それが起きない企業があるとすれば粗利が十分に確保された良質なビジネスができている企業と言えるでしょう。一般的なスタートアップを脱したフェーズの給与イメージについて参考に記載しました。もちろん逸脱する企業はありますので参考までにどうぞ。
第一集団
役員クラス以上の給与レンジ
社員から企業に対する価値貢献の期待値が青天井、もしくは誰も想像できていない
残業は多く、深夜残業申請をすると怒られ、土日もこっそり働いている
年俸更改で下がることはあっても上がることはまず無い
第ニ集団
部長クラスの給与レンジ
社員から企業に対する価値貢献の期待値は高く達成は困難だが明文化はされる傾向にある
残業は多い
年俸更改で微増の可能性があるが、業績と連動賞与である
第三集団
マネージャークラスの給与レンジ
社員から企業に対する価値貢献の期待値は高く達成は困難だが明文化はされている
残業はある
年俸更改で増える可能性があるが、業績連動賞与の対象になる
第四集団
リーダークラスの給与レンジ
社員から企業に対する価値貢献の期待値は明文化されている
残業が平均残業時間をやや上回る
年俸更改で増える余地がある
第五集団以下
社員から企業に対する価値貢献の期待値は明文化されており、達成への後押しがある
平均残業時間以下
業績が悪化していない限り、微増し、目立った成果が出ると瞬間的に増えることもある
現実的にはポジションを問わず当該職種の中で給与レンジが第三集団くらいに位置した状態から始め、成果に応じて上げていくことを入社時に合意するのが双方にとってベストではないかと感じています。希望年収が志望企業の中で第二集団以上の場合、かなり厳しい戦いになることが予想されます。
悲劇の電撃移籍
資金調達がうまく行っている、あるいは十分な粗利を確保できている企業以外で見られる光景の一つとして「大手企業、有名メガベンチャーからの電撃移籍」があり、ベンチャーの裁量や求められる役割などに惹かれて待遇を下げて人がやってくるケースです。
例えばA社で年収1500万円のBさんが居たとして、上限が600万円のC社に1000万円で入るパターンがあるとします。Bさんは年収を相当下げてきているという認識がある一方で、A社もそこを頭では理解しながらもお財布的には厳しいという事情があります。私が見聞した感じでは最短で3ヶ月、長くて1年半で拗れる傾向があるように思えます。
企業側の対処策
私が組織改善に関わる際に真っ先に調査するのが社内政治です。ドラスティックに組織を変える際に政治力の大きな人たちが壁になることは少なくありません。多くの場合は営業職だったりするのですが、その場合は営業職が納得行くようにコストに落として説明をしていきます。例えば自社サービスの場合であれば当該施策を実施することによる売上増加見込みをマーケターに出してもらい、それとエンジニアの工数を天秤にかけて施策リリースの優先順位をつけていきます。この際、優秀なエンジニアが入社したと仮定した場合や、エンジニアのスキルアップができたと想定した場合に工数に改善が見込めるため売上インパクトを想像してもらいやすくなります。
他社さんで稀に見る方法の一つとして、エンジニア部門の別会社化による社内政治からの隔離により子会社内で独自の給与体系などを形成しているケースがあります。構造的に他部署からの強い風当たりは小会社の経営層のみに絞られます。
ここのところ見られるトレンドとしては役職給の付与です。月給が100万円だとして、そのうちの役職給を25万円とか30万円とかにするというものです。更に先進的な組織であれば、役職を交代前提で任命するというところもあります。月給が100万円だと思って入ると期待値に齟齬が出てしまいますが、最初から交代前提であるということで合意ができると納得性が出てきます。役職者というのは多くの場合上下に挟まれる辛い職務であり、流動性の高い組織であればあるほど強いストレスに晒されます。中期的な視点で考えると2年周期などで延長ありの任期制にしてしまうというのは労働者に取っても良いのではないかと考えています。
売上貢献の説明がしにくいVPoE、EM職の苦悩と解法案
エンジニアとしてメンバー層の継続ではなく出世を望んだ場合、いくつかの大まかなキャリアがあります。
テックリード
技術への特化
プロジェクトマネージャー
プロジェクトを俯瞰しての管理
エンジニアリングマネージャー
採用、育成、定着、活躍、評価などの人的管理
このうち売り上げ貢献を厳しく求められた際になんとも説明しにくいのがエンジニアリングマネージャーです。人事に任せるには専門性が高すぎて難しく、人事と呼ぶにはスキルセットが異なるというポジションです。「優秀な人を採用してほしい」「組織をいい感じにして欲しい」といったオーダーはそれ以上解像度を上げることが難しく、それ故にゴール達成も分かりにくければ追加オーダーもしにくいという曖昧な存在です。それ故に明確な給与への納得感が主に粗利の低い企業の経営層から得にくいという側面があります。
正直なところ個人的にも悩んでいるポイントです。粗利が高い企業や、エンジニア数が100名以上の企業であれば悩むポイントではないでしょう。現場としてのエンジニアリングマネージャーの必要性に対し、売上貢献への説明が元々難しいポジションというだけでなく、採用人数の達成も離職率の低減も外部要因・環境要因共に困難な状況であることを踏まえるとかなりやりにくい業種です。実態の把握が適切でないと待遇がエンジニアの人事部門に見え、コストに対する納得感が得られにくくなります。
一つの現実解として業務委託として週2-3日でコストを下げながら入り、組織を整えた後には定期コンタクトを取りつつ保守作業をしていくという「流しのEM」という働き方を思いついたのですが、意外と企業・従事者共に悪くないんじゃないかなと考えています。
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