「いい感じにして欲しい」ミッションに基づいたオファー/曖昧ロール型雇用の難しさ
Advent Calendarの季節ということで、今回もEngineering Managerのものに参加中です。折角なのでエンジニアリングマネージャーに関する話題をしたいと思います。
エンジニアリングマネージャー職(EM、VPoE)で頂きがちなオファーとして「組織改善をして欲しい」というものがあります。役割に基づいたロール型雇用のように見えるものの、その実態は実に曖昧です。
曖昧ロール型雇用についてお話しする前に、従来の雇用スタイルについてまず振り返っていきます。
メンバーシップ型雇用
「人に仕事がつく」などと表現されるものです。新卒一括採用、年功序列、終身雇用、定期人事異動などが関連するものとしてあります。
大学の専門性などはさほど加味せず、地頭などをベースに採用し長期の入社時研修などにより「自社基準の1人月」を育成していくスタイルです。
一見古く見える働き方ではありますが、高校から直接大学に進学し、「潰し利くかどうか」といった理由で専門性を選びがちな日本の高等教育を踏まえると、メンバーシップ型雇用には専門教育機関としての役割が備わっており、日本国内の事情を考えると撤廃されることはなく、安易に古い方式と言ってしまうの無理があると捉えています。
ジョブ型雇用
「仕事に対して人がつく」などと言われています。下記の本は人材マネジメントや移行なども含めたジョブ型雇用に関する書籍です。これにはジョブ型雇用の定義として「ジョブを介した会社と個人の労働力の市場取引」と書かれています。
アメリカなどの場合は高校を卒業後いったん就職し、やりたいことが見つかってから大学の専門性を選びます。そのため専門家育成機関としての高等教育機関が意味のあるものになるため、大学卒業後はジョブ型でも問題ありません。私が見ているフィリピンなどであれば、最初から好待遇のITエンジニアを狙って親族の期待を背負って覚悟を決めているのでジョブ型であっても問題ありません。大多数の高等教育事情を考えると、下記のようなパターンでなければジョブ型雇用は成立しにくいでしょう。
解雇が難しい日本ではジョブ型雇用への完全移行は難しいという制度上の問題もあります。ジョブ型雇用の本や資料を見るとPIP(Performance Improvement Plan / Program)がセットで議論されます。PIPの議論は何ヵ月が適当か、何回PIPを受けさせれば解雇通告ができるか、どのタイミングで降格・言及するかなどが含まれます。
育成が必要な高等教育事情や贅沢を言えない少子化の状況を考えると、ジョブ型への移行はかなり強気でなければならず、移行実現可能性はごく一部の採用強者に限られるでしょう。
年齢的なミドルから見るとジョブ型への移行はPIPもチラつくのでリスクが気になる方が多いわけですが、現在の若手を見ていると自主的にジョブ型風の雇用を(無意識も含めて)選択している方も多いように思います。例えば現在大人気となっているフリーランスなどは、自身の能力に対して業務委託という形で月単位で契約をするという点で、進んでジョブ型雇用に近い形態で企業と関わっているとも捉えられます。ITエンジニア・クリエイター界隈のメンバー層から進んでジョブ型の労働市場を形成していく展開は予想されます。
ロール型雇用
リクルートワークス研究所中村天江氏によって提唱されているものがロール型雇用です。メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の中間のような存在です。
特にITエンジニアの場合は人材ごとのスキルセットが内容もレベルも全く異なります。高度人材を受け入れたいという要望があった場合にはジョブ型が有効な反面、メンバーシップ型雇用をしてきた人材の育成を踏まえると、あるレベルからは色を付けていく必要があります。ジョブ型雇用にシフトするには市場感などに応じて給与を上げるだけでなく下げる仕組みやPIPなどと言われる再教育の仕組みを取り入れる必要もあり、いきおい折衷案であるロール型に着地するという組織は多々見かけます。
曖昧ロール型雇用
今回の本題です。ロール型に近いものの、役割が曖昧な雇用をよく目にします。先の中村氏の表を基にしながら曖昧ロール型雇用について定義、記載しました。
【曖昧ロール型雇用のパターン】ゴール設定が定義しにくい
メンバー層のITエンジニア雇用やフリーランス契約であるように「このシステムについてプログラムを書いて欲しい」というオーダーは明快です。これに対し、次のようなロールはどうでしょうか。
こうした話はエンジニアリングマネージャー職・VPoE職ではよく見ます。明確に設定すれば解決するというものではなく、互いに期待値調整をするしか現実解はないのではないかとも考えています。退職率を下げてほしい、リーダー職を〇人程度育成してほしい、などであれば曖昧さは薄れるのですが。
【曖昧ロール型雇用のパターン】ロールの優先順位が諸事情で下がる
様々な事象により、当初予定されていたロールが下がるケースがあります。例えば下記のようなものです。
候補者AさんについてロールBを担当するために雇い入れたものの、ロールBの優先順位が下がってしまった場合があります。組織改善、広報、ブランディングのような即効性が期待しにくいものほどこの負の状況に陥りやすいです。
企業からすると正社員雇用してしまったりAさんは切れないため、ロールBではなく今の企業内優先順位に従ってロールCを取り組んで欲しいという企業側の思惑があったりします。Aさんへの期待と待遇はあくまでロールBを任せる前提でのものなので、別ロールであるロールCでの活躍がどうかは不明です。
如何ともしがたい悲劇ですが、よく見ます。エンジニアリングマネージャーとして入ったけども、いつのまにかプロジェクトマネージャーをしていたとかありがちです。
【曖昧ロール型雇用のパターン】ゴールを達成してしまう
候補者AさんについてロールBが達成された場合どうするかという問題です。先の優先順位の話と同じ問題が発生します。ある程度のサイズ感の企業であればロールBを別組織でやってもらうという選択もあるでしょう。
ゴールを明確に設定したとしても、ゴール達成後にどう振る舞って欲しいかという議論がなされることは少なく、内定段階で何も課題を解決していないうちにその先の将来について合意をするのは困難です。
曖昧ロール型雇用の難しさ
私などはエンジニアリングマネージャーとして振る舞うことが多いのですが、ことピープルマネジメントについてはゴール設定が難しい側面があります。ピープルマネジメントについては社員として抱えたほうが当事者意識を踏まえると効果的には見えるものの、企業によってはいっそ業務委託、副業顧問、外部コンサルタントに依頼してしたほうが、経営の観点からも当人のキャリアとしても合理的なものとして好まれるのではないかとも考えています。
エンジニアリングマネージメントは人材が流動的な現在では需要がある一方で、売り上げへの直結が見せづらく不確定要素も強い職種です。ここ数年で登場した職種ではありますが、本質としてはピープルマネージメントであり、人事の一種です。このまま曖昧ロール型雇用の代表事例として存続しそうに思います。