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マシュマロとマサカリ/なぜ未経験エンジニアは #駆け出しエンジニアと繋がりたい のか

SNSなどでは目上の人からの強く鋭い指導を「マサカリが飛んでくる」と表現されます。経験が多いITエンジニアについて「つよつよエンジニア」などとも評され、セットで扱われることも少なくありません。以前、教育的指導とテクハラの境目についてお話をしましたが、指導スタイルというのも随分と様変わりしました。

対して同期や後輩、同一の属性の人達とフラットな関係性で切磋琢磨する状態は「マシュマロを投げる」と表現されます。今回はマサカリとマシュマロを題材に求められる指導スタイルの変遷についてお話します。

マサカリ前提時代:少子化と売り手市場による「来る者拒まず去る者追わず」の終焉

2000年代前半のインターネットインフラ界隈はIT革命による好景気もあり、オトナ達が圧倒的にお金も力も持っていました。お金の臭いがする業界だったこともあり、学生も次々と集まっていたため、多少雑に扱ったとしても「修行」「丁稚奉公」と位置付けられることができました。私の所属していた研究グループは特に体育会系だったのですが「来る者拒まず、去るもの追わず」を公言していましたし、スローガンは「努力、根性、気合い」でした。次々と新人は居なくなりましたがそれ以上に入ってくる人が居たので当時は成立できていました。その後、2007年頃からインターネットインフラ界隈の人気が低迷し、丁寧な勧誘とフォローアップを徹底する必要が出てきました。

企業でもこの傾向はあり、「一度正社員採用したからには暫くは居るだろう」と雑に扱っても成立できた時代が2015年頃までありました。ITエンジニア採用の文脈で各社さんとお話をしていると、この「一度正社員採用したからには暫くは居るだろう」という認識と短期離職のギャップに苦しんでいる日本企業は少なくありません。

人材の流動化が決定的となり、「2年居てくれたら良い方」となりました。そこへ来て過去の「来る者拒まず、去るもの追わず」のマネージメントをしてしまうと圧力を掛けたら周囲からダダ漏れする状態になります。マシュマロの台頭についていくつか考察していきます。

【マシュマロの台頭】長引く不景気と個人尊重教育

個人尊重教育による価値観の変遷や、不景気しか知らない世代に寄る将来への悲観などにより、マサカリを正面から受けることについてメリットを感じなくなってきたという側面はあるように思われます。マサカリのような厳しい環境に晒されても尚、残る理由があるかどうかというのは大きなポイントになります。

【マシュマロの台頭】#駆け出しエンジニアと繋がりたい の需要

経験者からのマサカリを避け、同レベルの人達で繋がって共に学習をすすめることを目的とした動きの一つがTwitterでよく見かけるハッシュタグ「#駆け出しエンジニアと繋がりたい」でしょう。

駆け出すこと自体は非常に良いことだと思いますが、果たして繋がる必要はあるのか?というのが大方のマサカリ世代の見方です。事実 #駆け出しエンジニアと繋がりたい ハッシュタグは未経験層の名簿となり、情報商材を売りつける先として利用されるきっかけになりました。しかしそれでもまだこのハッシュタグが存在し続けるあたり、同レベルの人達が集まることに対する強い需要を感じます。

模倣しやすく、短期的ゴールイメージが湧きやすい半歩先行く先人からの知恵の方が有り難いという風潮も存在しています。10年20年選手の年輪を見せつけられても模倣できるとは限らず、時代背景的にトレースも難しく、且つそのアウトプットもさほど眩しくないと思われると半歩先程度で成功しているらしき人達を模倣する方が現実的だと思われるようです。

若手エンジニアの指導などに当たっていると昨今のペアプログラミングの流行も同様の風潮を感じます。ペアプログラミングは前提として「同一レベルの人が組むと伸びる」という話があり推奨されています。マシュマロを投げ合うことを求める風潮にマッチしているのではないかと考えています。


【マシュマロの台頭】#優しいベテランエンジニアと繋がりたい の需要はなかった

2021年8月、 #駆け出しエンジニアと繋がりたい ハッシュタグを巡る情報商材の流れを懸念した面々により #優しいベテランエンジニアと繋がりたい というハッシュタグが起こりました。

その後のこのタグを見てみると見事に収束し、誰も使わなくなりました。先人の知恵はインターネットに転がっている一方向の情報で十分であり、直接の干渉は忌避されているようです。

【マシュマロの台頭】「心理的安全性」の誤用

本来、「心理的安全性」というのは「喧々諤々の議論をしても仲間内から刺されない状態」です。言い換えると殺伐と切磋琢磨することが求められるが排除されない状態です。

しかし立教大学 中原淳先生も指摘されていますが、「心理的安全性」という字面の関係から「和気あいあい」「ぬるま湯」という誤解が先行している風潮はあります。上長らから厳しい指摘を受けた際、「心理的安全性が低い」と言う方が居られるのが代表例です。この心理的安全性の誤用もまた、マシュマロを好む世代に好意的に受け入れられているように感じられます。

先立って興味深いTwitter投稿が流れてきました。怒鳴るを含む強い指導に対し、以前であれば「怒られている」という捉え方をする方が大半だったわけですが、「怒鳴っている側の頭がおかしい」と捉える方が出ているそうです。「怒鳴る」ことに対する生産性の低さには一定同意するところですが、怒っている理由に言及するのではなく、精神異常を疑うという捉え方は斬新だなと感じました。昔、私がアルバイトで出入りしていたSIerではPjMを8時間連続で叱責できる社長が居られたのですが、当時は感情が何周かしても「社長、元気ですね」くらいにしか思っていませんでした。

【マシュマロの台頭】U30イベントによる大人たちのマシュマロ許容

少子化予測はあれども実感が乏しかった時代には、上からの厳しいマサカリ指導が前提として存在できました。

しかしその一方で、企業側がマシュマロをお金を出して許容・推奨してきた側面もあります。その一つがU30イベントです。Under 30。つまりは「オーバーサーティー禁制」イベントです。30歳以上は一般参加禁止なのですが、スポンサーは後ろの方で見ることができたりします。以前スポンサーの立場で観客に行ったことがあるのですが、20代の人達が登壇する一方で明らかに30歳以上の方も登壇されていたりして不思議な空間だと感じました。

私の居たインターネットの学術研究団体では、せいぜい参加費用が学生だと安くなる程度で、発表の場としては大人たちと同一でマサカリが飛び交う現場でした。オーバーサーティーからお金を出す人以外は締め出してしまうという斬新なアプローチですが、その是非はともかく需要は続いています。

丁稚奉公が成立する環境でないとマサカリは疎まれ、ハラスメントに抵触する

マサカリ指導が今でも成立する場所はあります。非IT業界ではありますがお世話になっているあるチェーン店の幹部の方が居られるのですが、店舗拡大と新卒採用施策が集まり、放って置いても求人応募が止まらないという嬉しい悲鳴を上げて居られます。従来であればある程度落ちこぼれてしまいそうな人もフォローできましたが、今はそれ以上に元気で意欲的な方の応募があるそうでフォロー施策は断念したそうです。これは2000年代前半に見た冒頭のインターネットインフラ界隈の縮図と一致します。

マサカリを振りかざすこと自体の賛否に関係なく、マサカリをかざしても問題ないかどうかがポイントになっています。厳しい指導、低い待遇、雑なコミュニケーションをしても人が残る環境というのは下記のいずれかの条件が必要なのではないかと考えます。

ポジティブ条件
1)(少子化の前提があったとしても)放っておいても人が向こうから来る圧倒的買い手市場状態に自社がある状態
2)残ることで相応のインセンティブがあることが確からしい状態
 独立、スキルアップ、高収入、格好良い先輩など

ネガティブ条件
3)閉鎖的な環境下で他者・他社比較が困難な状態
4)自己肯定感が低く、「ここでしか生きていけない」と思い込んでいる人が集まる状態

就職氷河期世代から始まり、2015年の採用バブル前までであれば上記3点は成立しやすい状況でした。しかし2021年現在は特に3はSNSの台頭や人材の流動化成立しないですし、4についても本人が望んでコミュニケーションを取りさえすればオンラインサロンなどで解決可能な状態になっています。

少子化・人手不足・売り手市場といった需要過多が解消される見込みがない現状では、マサカリの時代が戻ってくることは、一部を除いてまず無いでしょう。フィリピンやベトナムのように少子化とは無縁の国々であっても、優秀な人材や素養のある人材は引く手あまたであり、人材の流動化が起きています。

現在起きている未経験・微経験フリーランス化の流れも鑑みると、マサカリを受けるようなこともなく仕事の不出来は契約終了にダイレクトに繋がるだけであり、マサカリを振り上げる機会もないまま関係だけが切れていくということが各所で起きていくのだろうと推測しています。

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