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古代ギリシア随一の迷惑系哲学者!?酒樽に住む"犬のディオゲネス"-『ギリシア人哲学者列伝』歴史本Vol.2

古代ギリシア人は本当にたくさんの哲学者を輩出しましたが、その人となりは「ギリシア人哲学者列伝」という3世紀頃に記された古典に残されています。(ただし、面白おかしいエピソード集のようなところもあり、信憑性は少し低いとも言われています。)

全82人の哲学者たちが記載されているこの本ですが、中でも最もキャラが濃いのがディオゲネスという"迷惑系哲学者"ではないでしょうか。


故郷を追放されアテナイ市の酒樽に住み着く

ディオゲネスという人は元々シノペという都市で公金を取り扱う両替商の家に生まれましたが、通貨偽造がバレて生まれ故郷を追放されました。全てを失い、苦しみの果てにアテナイ市に辿り着き、そこでホームレス生活を送ります。そしてやがて、アテナイ市内の酒樽(大甕)に住みつくようになりました。

このどん底の苦境が彼の哲学者としてのあり方を開花させたのかもしれません。ソクラテスからは孫弟子にあたり、いわゆる犬儒派と呼ばれる贅沢を嫌い清貧の暮らしを好む流派の哲学者として次第に有名になっていきます。

前回記事でも取り扱った「ソクラテスの弁明」を書いたプラトンとは同時期に活躍した人物で、ライバル(?)としてお互いにやりあうエピソードがいくつか残っています。※だいたいディオゲネスの悪がらみの模様

また後述の通りですが、アレクサンドロス大王とのエピソードもいくつか伝えられています。

全ての人を見下し馬鹿にして悪がらみを連発

さてこのディオゲネスという人ですが、とにかくタチが悪い。基本的に自分以外の人間のだいたいを見下していました

あるとき、「公衆浴場に人はたくさんいた?」と問われると、「そんなに人はいなかったよ。」と答えます。しかし「公衆浴場は混んでた?」と問われれば、「混んでいたよ。」と答えるのです。要は、彼にとって「人間」と言うに値するような人間はそんなにいない、ということです。さらに別の時には、日中にランプをつけてうろうろしながら、「人間を探している」とボヤいていたとか。

同時期に活躍していたプラトンにもよく悪がらみをしていました。あるときディオゲネスは、プラトンの家に敷いてあった絨毯を踏み付けてまわり、「プラトンの見栄を踏み付けてやっているのだ」と言いのけます。それに対してプラトンもやり返し、「君もまた別の見栄でもってそうしているのだ」と言った、というようなエピソードも。

その他にもいじわるしてきた相手におしっこを引っかけたりとか、人を食ったような発言がエピソードとして多く残されています。

また性的なことがらもすべて広場などで堂々と行っていたとされています。ひとの見ているなかで"セルフワーク"を実行しながら、「お腹もこうやってこするだけでひもじさがなくなればいいのに」とボヤいていたようです。

どのような理不尽にも自分を曲げることのない人物

そんなディオゲネスですが、一方でアテナイ市民からは愛されてもいたようです。例えばとある若者がディオゲネスの住む酒樽を壊した時に、アテナイ市民は若者を罰し、さらに新しい酒樽をディオゲネスに与えたとされています。

なんでそんなに敬愛されていたかというと、トンチのレベルの高さというのもありますが、相手が誰であっても理不尽を受け入れたりせず、自分を貫いていた姿勢もあるのではないでしょうか。

例えばある時にとある人物に殴られてイヤミを言われますが、次の日に拳闘用の革手袋をつけてその人をボコボコに殴りまくり、さらにイヤミを言い返したりもします。

全てを失って酒樽に住んでいるから物乞いもするわけですが、その態度も開き直りまくっているのです。ある時もいつも通り物乞いをしていてたのですが、ある人物にだけはほかの人より多くのお金を要求していました。その理由を聞かれると、「他の人はまたくれるけど、君がまたくれるかどうかは分からないからね」と答えたとか。

またかの有名なアレクサンドロス大王がディオゲネスを訪ねた際にも、「私が大王のアレクサンドロスだ」と言われると、「俺が犬のディオゲネスだ」と言い返したとも伝えられます。また「なぜあなたは犬と言われるてるのか」と問われると、「ものを与えてくれる人には尾をふり、与えてくれない人には吠えて、悪者どもには咬みつくからだ」と答えました。

そんな堂々たる姿を見てか、アレクサンドロス大王も「もし自分がアレクサンドロスでないならば、ディオゲネスになりたい」と言ったとも伝えられます。

「獅子を恐れる飼い主こそ奴隷である」としてハッピー奴隷生活を享受

当時のギリシア界隈あるあるですが、ある時ディオゲネスは航海中に海賊に捕まり奴隷として売られてしまいました。そして、「お前にはどんな仕事ができるんだ」と問われると、「人を支配することができる」と言ったのです。

さらに奴隷を買いに来た裕福なとある人物を見つけると、「この人に俺を売ってくれ!彼は主人を必要としている」と言い、その人物の奴隷として買い取られることになりました。彼はその人物の子どもの家庭教師をしつつ、家政全般を上手く取り仕切ったと伝えられています。

そんなある時、ディオゲネスの知人たちが彼を買い戻し奴隷の身分から救おうとしました。するとディオゲネスは、「お前らバカか?(金持ちに)飼われている獅子を見ろ、獅子が飼い主の奴隷ではなく、飼い主こそ獅子の奴隷だろう」と答えたのです。自分を獅子になぞらえ、獅子は何者も恐れないが、獅子を恐れる飼い主こそ奴隷であると説いたのです。

ちなみにですが彼のライバル(?)であるプラトンも色々あって一度奴隷として売り飛ばされたことがあり、その時は仲間に買い戻されて無事アテナイ市に帰ってこれたと言われています。

さてこんなトンデモエピソードの多いディオゲネスですが、ただの変態面白哲学者というわけではなく、彼の弁舌には誰もが魅せられ、ある種の「魔力」のようなものがあったそうです。そのため多くの人物が彼の弟子になろうと彼のもとを訪ねました。ちゃんと実力派なのです!

そんなディオゲネスの最期ですが、90歳の時に、タコに当たって死んだとか、自分で息を止めて死んだとか言われています。

改めて彼がなぜ永らく敬愛されてきたのかというと、他人の評価に左右されず自分軸を貫いた人生を送ったから、ということではないでしょうか。いにしえの時代から、みんな人間関係に悩んでいたんですね。


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