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祖国への眼差し

前回記事「日本でチャリティー展を開催する意義」

ヴィクトリア・ソロチンスキーは、11歳でウクライナを離れ、その後カナダ、イスラエル、アメリカ、ドイツと住処を転々としてきた。その人生の大半を帰属意識やアイデンティティの拠り所が不確かな移民として生きている。
祖父母がかつて住み、現在も親類が住んでいる祖国、ウクライナ。近年は自身のプロジェクトで度々滞在し、ロシアに侵攻される直前にも作品制作のために滞在していた。しかし何十年も離れた祖国への眼差しは、その地に根を下ろし暮らし続けてきた人々と同じではない。外国人とも異なる感覚、外から祖国を見る目線は独特なものだ。ウクライナから長く離れて生きてきたからこそ改めて見えてくる良さ、芽生える愛着や祖国のため何かしたいと思う衝動、高まる愛国心もあるだろう。

そしてウクライナから物理的にも心理的にも距離があるからこそ生まれる余裕があり、アートという平和的な手段で祖国の窮地に自分は何ができるのかという思考にも至ることができる。

しかしなぜ日本でチャリティー展を開催したのか?そこには何かドラマティックな物語もなければ、必然性もない。あるのは発起人が日本在住の日本人であるという事実だ。しかしそれこそがよりリアリティを感じさせる。現実は淡々としており、ほんの少しのきっかけや思いつきから始まる。そして、それを実現するには地道な作業の積み重ねと行動力、そして周りの人々の協力が必要だ。

アートエイド実行委員会の代表である渡辺氏は、東日本大震災の際に立ち上げたチャリティーイベントのフォーマットを活用し、これまで縁も関心もなかった他国の有事に自分のできることをしようとした。一見何の脈絡もないことを実行してしまうほど、今回のロシアのウクライナへの侵略はウクライナに関心の無かった人々の心にも、大きな衝撃を与えたのだと言える。それはつまり我々は戦争や殺戮とは程遠い平和な社会に生きてきた証でもある。現在進行形で戦果の只中にある国は他にもある。そのほとんどがアフリカ、アジア、中東など貧しい発展途上国だ。ウクライナ侵攻がなぜこれほどの衝撃を世界中に与えたのか。それはヨーロッパ、先進国でこのような理不尽な侵略が罷り通ったということが大きな理由の一つだろう。欧米では自分たちと外見が似ていて、同じような暮らしを送っていた人々が無残に殺害されることに、とても他人事とは思えないという。特に地理的にも近いヨーロッパでは、明日は我が身、この戦争を自分ごととして切実に捉えている。中東やアジアの有色人種が同様の目に会うこととは明らかに異なる反応だ。この事実に差別や分断の存在を改めて実感せずにはいられない。ヨーロッパにおいては物理的な距離の近さも、他人事ではないと感じさせる大きな要因だ。その一方、日本は大国ロシアの東端と隣接しながら、ヨーロッパとは明らかに緊迫度が異なる。一斉にNATOに加盟申請した北欧諸国、軍縮から一気に方向転換して軍事費の拡大を決定したドイツとは対照的だ。ここにも歴史的、民族的、経済的依存度の違い、つまりウクライナやロシアとのこれまで培ってきた関係性の違いが伺える。

Photo by Ehimetalor Akhere on Unsplash

ソロチンスキーの家族は彼女と共に長年海外を転々とし、現在はドイツに住んでいる。しかし、ソロチンスキーの親類は現在もロシアにより制圧の危機に直面するマウリポリにいる。マウリポリは近年ウクライナの文化的中心地となっていたが、ロシアの執拗な攻撃により今やその面影は残されていない。
「ロシアは情報操作をしている。SNSで現地からダイレクトに情報が伝わるとはいえ、メディアの情報はもちろんのことどの情報が正しいのか判別することが難しい。命の危険があっても戻り、目撃者として状況をリアルに見たい。歴史の証人として現場にいたいと願っているが、実際にそうすることはできない。」とソロチンスキーは語る。
何か自分自身にできることはないかと考えていたところ、渡辺真也氏からチャリティー展の話を提案されたという。

主催者の渡辺氏とは20年来の友人という信頼関係からだけではない。彼女はロシアのウクライナ侵攻の二週間前に戦争の夢を見た。このスピリチュアルな体験がチャリティー展に参加しようと思ったきっかけだという。また、その夢の中では子供が戦火に巻き込まれていたことから、寄付先はユニセフに決めた。

それだけで?と思う人もいるかもしれないが、アーティストにとってインスピレーションは何よりも重要な創造の源の一つだ。黒猫が目の前を横切ると不吉というジンクス、スポーツ選手が靴を必ず右から履くなどのルーティーンを信じて大切にするのと同様だ。またこのようなスピリチュアルな体験を重要視するのには、彼女がウクライナ人であることも深く関係している。ウクライナには迷信が多い。例えば、女性の夢に魚が出てきたら妊娠しているという言い伝えがある。今回の展示作品のモチーフの一つともなっている。ウクライナ文化はロシア、モンゴル、北欧のバイキングなど様々な文化、歴史、宗教が入り混じった異種混合なのである。

次回記事「Lands of No Return(還らざる国)」につづく

Special Thanks: Viktoria Sorochinski, Shinya Watanabe
Text & Photo: Riko

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