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Lands of No Return(還らざる国)

 前回記事「祖国への眼差し」

私たちの経験の多くは集合的に類似している。

子供の頃から移民としての生活を繰り返してきたソロチンスキーは、帰属性が希薄であるという。今回展示された作品群には彼女の個人的な移民としての体験が反映されている。祖父母が住んでいたウクライナのキーウ近郊の村から撮り始め、ほかの多くの村々で住民たちを撮影した9年間のロングタームプロジェクト《Lands of No Return(還らざる国)》では、村民たちの築いてきた生活、慣習、文化、失われつつあるそういったもの、過去に対する敬意を表現している。年老いた村民の言葉よりも、手や顔に刻まれたシワやシミが、目が多くを物語る。ウクライナ人はどんな状況においても、幸福感に満ち溢れ、人々を歓迎し、寛容であるという。例えば、貧しくても、体に障害があっても、人生を楽しむ姿勢を持っている。ソロチンスキーが撮影に訪れたある家庭では、彼女が撮影をしているとその対価を支払おうとする老人もいたという。本作は、本来のウクライナ人のライフスタイルを象徴している。
それは今回のロシアによるウクライナ侵略で世界中の人々が驚いた、ウクライナ人の強さと愛国心につながっているのかもしれない。また彼らの精神性は土地から生まれた神話、伝統、土地、収穫物、土地からくる力そのものでもある。今回の展示で制作されたインスタレーションのタイトルは、その象徴として「命を育む土地」と名付けられている。

Exhibition View with Viktoria
Installation

《Lands of No Return (還らざる国)》の他に、2007~2008年に制作されたセルフポートレートのシリーズ作品も展示されている。本作は、ソロチンスキーのウクライナでの記憶や彼女の見た夢から着想を得ている。魚が夢に出てくると妊娠の兆しという言い伝えをテーマとした作品もある。本作では「集合的な無意識」を鑑賞者に喚起するため、ユニバーサルなオブジェを用いている。そのオブジェには、模造のひまわりなど彼女自身で制作したインスタレーションもある。魚やひまわりはウクライナにゆかりの深いものだが、その地域の由来を知らずとも魚やひまわりは誰にとっても身近なものだ。それらから引き出される思い出やイメージは人により異なるだろう。だからこそ鑑賞者は自身と作品との共通点を見出し、独自の物語を作り上げることができる。違いから共通点を見出すと、人は親近感を覚えるものだ。

Exhibition View

5月12日のオープニングには、パフォーマンスが開催された。ソロチンスキーは二階建てのギャラリーの階段をゆっくりと降りながら、耳馴染みのない言語でどこかの国のどこかの地方の、民謡のような歌を朗々と唄いあげた。英語でもフランス語でもなく、おそらくウクライナの民謡なのだろうと聴いていたが、実は彼女はどこにも存在しない言葉を紡ぎ、即興で歌っていたのだという。このパフォーマンスには、この歌を聴いた人々がこれまでの自分の体験からイメージする言葉や国、印象で受け止めてほしいという思いが込められている。

Exhibition View

今回の展示を通して、ウクライナのスピリチュアルな部分、そこに住む人々や彼らの人間味を感じ、展覧会を訪れた人々が自分の文化と共通点を見出し、集合的意識で異なる文化を理解することができる。作品を通して、政治的ではない、人間的なメッセージが伝わることを願いたい。

戦時下におけるアートとその役割

Photo by Duncan Kidd on Unsplash

20世紀を代表する戦場カメラマン、ロバート・キャパ。ドイツ空軍に爆撃を受けたスペインのバスク地方の村を「ゲルニカ」に1937年に描いたパブロ・ピカソ。いずれも戦争の中にある哀しみ、悲惨な状況を捉えつつ、人々の心に残る印象的な作品を残し、それを後世に伝えている。

一方、今回展示された《Lands of No Return(還らざる国)》は、戦火をダイレクトに捉えた作品というわけではなく、ロシアの侵略行為により無残に破壊される以前のウクライナの、本来あるべき姿を写し出している。ソロチンスキーがよく用いるステージング・フォトグラフィー、ポーズや空間を演出する手法でもなく、すでにそこにあるもの、そのままの状態に美を見出している。そのままの室内や服装の色彩やコンポジションが美しく、その場に溶け込んでいる。

《Lands of No Returns》©️Viktoria Sorochinski


《Lands of No Returns》©️Viktoria Sorochinski


当時撮影された多くの老人はすでに亡くなったという。
彼女が写した光景が、作品としてだけではなく歴史的な記録として、国から、社会から見放され消えゆく場所や文化、これらの消えゆく小さな村とかつてそこに住んでいた人々の在りし日の姿を、これからも後世に伝え続けるるだろう。

Special Thanks to Viktoria Sorochinski, Shinya Watanabe
Text & Photo: Riko

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