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Hospitality and Familiarity -Maggie’s Tokyo Ep.5-

前回記事:物語と科学-Maggie’s Tokyo Ep.4-

ホスピス(Hospice)という言葉は、「客を厚遇すること」、「あたたかいもてなし」を意味するラテン語 ”Hospitum” に由来している。ホスピスは、生命を脅かす疾患に直面する終末期患者の痛みや症状の緩和に焦点を当て、治療や処置など的確なアセスメントを行い、患者やその家族に対して、心理的、精神的問題に対処することで苦しみを和らげ、QOLを改善することを目的としたターミナルケアを行う施設である。ちなみに、Hospital(病院)やHospitality(おもてなし)も”Hospitum”から派生した言葉である。

ホスピスは1967年、シシリー・ソンダース博士によって開設されたロンドン郊外の聖クリストファー・ホスピスに始まる。主にがんの末期患者の苦痛を、チーム体制でケアしていく。日本では1981年に開設された浜松の「聖隷ホスピス」、1984年に開設された「淀川キリスト教病院ホスピス」がホスピスの先駆けである。

Photo by Jose Llamas on Unsplash

ホスピス発祥の地である英国では、小児専門のホスピスが作られるなど緩和ケアを重視する思想が医療制度や社会に浸透している。しかし日本と異なり病を患ったり、怪我をした時に簡単に大きな総合病院で診察してもらうことはできない。まずは家庭医にかかるため、大きな総合病院の数は日本ほど多くなく、病院の建物自体も居心地の良さを重視したり、デザイン性に富んだ作りをしているわけではない。

そのような無機質な病院の広大な敷地内の一角にあり、小さな建物だが独創的で存在感のある建物がマギーズ・センターだ。ザハ・ハディドやフランク・ゲーリー、黒川紀章などが手がけた設計デザインに代表されるように建築家の個性が前面に表れた外観は、まるで美術館のように独創的でアーティスティックだ。しかし一歩中に入ると光に溢れ、温かみのある居心地の良い空間が広がっている。

マギーズ・センター第一号は、病院敷地内に従来あった売店を改築して開設されたが、第三号となるダンディーはフランク・ゲーリーにより設計され、それ以降は建築家により設計された新築のセンターが建てられている。

マギーズ・センターの広さの基準は280平米程度。それはイギリスの一般家庭の広さを表している。大きすぎず小さすぎず、馴染みのある居心地の良い家庭のような雰囲気があること、それでいて自宅とは異なる洗練された空間。病院と家の中間にある第二の我が家というコンセプトを具現化している。

マギーの夫、チャールズは著名な建築評論家であり、彼と親交のあった世界中の著名な建築家がマギーズ・センターの活動に共感し、建築設計に無償で協力している。そのデッサンをもとに図面を起こし、設計建築のプロセスは寄付金でまかなわれている。

マギーズ・センターは、病院の敷地内に建てられることが原則となっているが、都心の病院内には敷地に余白がないこと、許認可のハードルの高さなどの理由から、マギーズ東京は、病院の敷地内には建てることができなかった。しかし、複数のがん専門病院からほど近いロケーションに建てられ、当事者はもちろん医療従事者など、がんに影響を受けた多くの人々が来訪する。マギーズ東京は、必ずしも病院の敷地内にセンターを建てなくても、病院の近隣にあれば人々は気軽に立ち寄りやすくセンターとして成功するという、マギーズの建築要件に新たな知見をもたらす事例となった。

一般的にイギリスの病院には広い野原や芝生のある広大なスペースがあり、その敷地内に病院が建てられている。市街地から離れた広大な敷地内に病院が建てられている場合が多いが、車社会のイギリスでは、郊外にあったとしてもそれほど不便を感じることはない。また第二次世界大戦以降、1948年に近代的な国民健康保険制度、NHS(National Health Service)が成立し、英国の大規模な病院は国有地に建てられているため、その敷地は広大である。

例えば、日本以上に人口密度の高い香港に設立されたマギーズ・センターの場合、市街地からは少し外れた郊外にあり、大きな病院の敷地内に建てられている。1841〜1997年の期間イギリスの統治下にあった香港では、医療制度や仕組みがイギリスと似ている。香港やイギリスのホースバレーに設立されたマギーズ・センターは水辺に建てられている。それは、水音を聞くことが癒しの効果につながるからだ。せせらぎの音や波の音、静かな雨音に心が落ち着く人は多いのではないだろうか。自然の水音だけでなく、鹿おどしや水槽の音など水を利用した人工音にも、谷川にいるような爽快感が得られ、リラックス効果につながると言われている。

マギーズ東京も豊洲の水辺に建てられ、高層ビルや東京五輪の選手村が対岸に見える。都会の中のオアシスのようにビル群の隙間にぽっかりと空いた場所に建てられていて、そこから見上げる空は広く、水の存在が人の心を癒す。また室内には小さな水槽が設置されており、静かに水音が響く。

日本にもそのようなロケーションの病院が地方には存在する。例えば、北秋田市民病院はすぐ近くに湖があり、病院の窓からは東山魁夷の絵画のような世界が広がっているという。ただやはり市街地からはアクセスは不便で、車か送迎は必要不可欠ではあるようだ。

人がいて絵になる空間

Ms. Akiyama at Maggie’s Tokyo

がん患者と一括りに言っても色々な人がいる。心の壁が厚い人もいる。しかし氷のように閉じられてしまった心の壁を溶かそうとするのではなく、マギーズ・センターの空間にいると、自然とその心も次第に開かれていくという。

テーブルの高さはダイニングスペースを除き、一般的なものよりもあえて低い、ローテーブルで統一されている。それは窓越しに見える景色を遮らないためだ。窓の向こうには運河の水面、植栽の植物や芝生の緑が見える。そして渡り廊下でつながれた向こう側の部屋の様子、スタッフや来訪者が行き交い、対話し、くつろいでいる様子がそれとなく見える。樹齢350年の木材を使用した一枚板のテーブルの高さと連続したかたちで外の景色が見える。そこに腰掛けて景色を眺めているだけで、ゆったりとした空気感が体得できる。来訪者に何か積極的に関わり、働きかけることだけがマギーズの役割ではない。マギーズ東京では対話したりプログラムを行うだけでなく、ただ座ってゆっくりとした時間を過ごす人もいる。そうして半日過ごす人もいるという。マギーズ東京は様々な人がいて絵になる空間だ。

Maggie’s Tokyo


オンラインからも参加できる多様なプログラム

マギーズ東京ではさまざまな専門的支援が無料で受けられる。看護師や心理士など専門家が、利用者の気持ちを受け止め、個々の悩みや問題を解決するために一緒に考えてくれる。看護師や心理士と話すことだけでなく、栄養・運動などのプログラムが受けられ、仕事や子育て、助成金や医療制度の活用についてなど生活についても相談することができる。

また個別相談以外に、リラクセーション、心理士によるストレスマネジメント、メイクやウィッグと頭皮のケアや、ケアする人の時間などのグループ・プログラム含め、1時間程度で参加できるプログラムも企画されている。「食事や栄養のお話」「リラクセーション」「ストレスマネジメント」「スキンケア・メイクアップ」「これからの私のために」など、日常的に役立つテーマのプログラムだ。

コロナ禍以降は、オンラインでのプログラムが充実している。例えば、リラクセーションのプログラム開催時には家具を移動させ、椅子とクッションを並べ、床にはヨガマットが敷かれる。看護師が、心を体で調整する方法をレクチャーし、「深く息を吐くことから」と呼吸の大切さを教えてくれる。

そして現在では、グループ・プログラムが全てオンラインで開催されている。患者やその家族を対象としたプログラムだけでなく、医療機関や地域において、がんを経験した人や家族の相談支援や対応をするスタッフを育成する「マギーズ流サポート研修」もオンライン開催により、全国から参加できるようになっている。受講者はマギーズ・センターの理念やあたたかく迎え入れる方法などを学び、マギーズ以外の場所でもこうしてマギーズの種は植えられ、広がっていくのだ。

参考文献:
「近代ホスピス成立の歴史的・宗教的背景」
「ホスピスの心のルーツ」札幌南徳洲会病院


取材協力:マギーズ東京

Special Thanks: Masako Akiyama

Illustration: Dayoung Cho

Text & Photo: Riko

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