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ビジネスパーソン向け哲学入門(武器になる哲学/山口周)

実務に役立たないとされる哲学には、実はビジネスパーソン向けのエッセンスが詰まっている。これは、慶応文学部哲学科からコンサルを経て独立した著者が、50のコンセプトをビジネスパーソン向けに解説する作品。
「聞いたことある」レベルの王道含め、入門者向けに、かつビジネスの実例を交えながらやさしく解説してあり、とても面白かった。
以下、「なるほど!」と思ったコンセプトの記録。

予定説/ジャン・カルヴァン


ある人が神の救済にあずかれるかどうかは、あらかじめ決定されており、この世で善行を積んだかどうかといったことは全く関係ない。
※この予定説、キリスト教のなかでは異端

→学習心理学のなかでは既に「予告された報酬」が動機付けを減退させることが明らかになっている。努力と結果に相関する報酬を受け取れるシステムにしておけば人はよく働くと思われがちだが、そうではない。何の驚きも喜びもないからだ。

ルサンチマン/フリードリッヒ・ニーチェ


ルサンチマン=弱い立場にあるものが、強者に対して抱く嫉妬、怨恨、憎悪、劣等感などの感情。古代ローマの時代、ローマの支配下にあった貧しいユダヤ人は復讐のために神を創り出した。「ローマ人は豊かで私たちは貧しく苦しい。しかし天国に行けるのは私たちの方だ。富者や権力者は神
から嫌われており、天国には行けない」

→神というローマ人より上位の架空の概念を創造することで「現実世界の強弱」を反転させ、心理的な復讐を果たした。「高級フレンチなんて行きたいと思わない、サイゼで十分」という言葉に含まれる高級フレンチは格上、サイゼは格下という価値観の転倒などもこの典型。しかし、ルサンチマンを抱えた人に価値の逆転を提案するのはキラーコンテンツでもある。

悪の陳腐さ/ハンナ・アーレント


ナチスドイツによるユダヤ人虐殺計画において600万人を「処理」するための効率的なシステムの構築と運営を主導したアドルフ・アイヒマン。冷徹で屈強な戦士…と思いきや、実際のアイヒマンは気の弱そうなごく普通の人だった。悪とは、システムを無批判に受け入れることであり、我々の誰が犯すことになってもおかしくない。

→凡庸な人間こそが、極めつけの悪となりうる。「自分で考える」ことを放棄した人は誰でもアイヒマンのようなになりうる。その可能性を見据え、我々は「システムを批判的に思考する」ことを忘れてはならない。

認知的不協和/レオン・フェスティンガー


朝鮮戦争当時、中国の捕虜となった米兵の多くが短期間で共産主義に洗脳された。その手法は、米兵に「共産主義にも良い点はある」という簡単なメモを書かせ、その褒賞としてタバコや菓子などごくわずかなものを渡す、というもの。私たちは「意思が行動を決める」と思いがちだが、実際の因果関係は逆で、外部環境によって引き起こされた行動に合致するよう、意思が形成されるのである。

→事実と認知の間で発生する不協和を解消させるために、認知を改めるのは人間関係でもよくある話。傍若無人にあれこれ命令されて迷惑にそうにしていた女性が、しばらくすると恋に落ちていた…という話もこれ。人間は合理的な生き物ではなく、後から合理化する生き物なのだ。

格差/セルジュ・モスコヴィッシ

差別や格差は「同質性」が高いからこそ生まれる。不平等が社会の共通の法であるとき、最大の不平等も人の目に入らない。すべてがほぼ平準化するとき、最小の不平等に人は傷つく。平等が大きくなればなるほど、常に、平等の欲求が一層飽くなき欲求になるのはこのためだ。(トクヴィル『アメリカのデモクラシー』)

→「公正な評価」を目標とする人事評価制度。しかし「公正」とは本当に望ましいものなのか?社会や組織が公正で公平であるのであれば、その中で下層に位置づけられる人には逃げ道がない。…朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』に通じるテーマだと思った。

反証可能性/カール・ポパー


反証可能性=提案されている命題や仮説が、実験や観察によって反証される可能性があること。これは科学を定義するうえで必要条件であり、「あとでひっくり返される余地のないもの」は科学とはいえない。

→反証できないものでは科学ではないが、だからといって「正しくない」わけではない。しかし、科学のフリをした偽科学が「科学的」という印籠を掲げて人をなぎ倒そうとする風潮に惑わされてはならない。

ブリコラージュ/クロード・レヴィ・ストロース


南米のマト・グロッソの先住民は、ジャングルを歩いていて何か見つけると、「何かはわからないけど、いつか何かの役に立つかも」と考えて袋に入れて残す習慣がある。そして実際に拾った「よくわからないもの」が、後でコミュニティの危機を救うことがある。この「後で役に立つかも」という予測能力をブリコラージュと呼ぶ。

→経営学の本には「イノベーションを実現したければ、まずはターゲット市場を決めろ」と書かれているが、実際、多くのイノベーションは想定された用途と異なる領域で花開いている。ライト兄弟は飛行機を作ることで敵の動きを遠くから監視し、戦闘を無効化、終結することを狙ったが、現実は真逆の結果となった。
企業では何の役に立つかわからないアイデアに資金供給は得られないが、世界を変えるイノベーションは「なんとなくこれはすごい気がする」という直感に導かれて実現したことを忘れてはならない。


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