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【アジア横断バックパッカー】#57 11ヵ国目:トルコ 僕はなにかを間違えたらしい

 外に出たところにはカフェがあり、長距離トラックが列をなしていた。僕はもうバスが待っていると思い込み、トラックの間を歩き回ってバスを探したが、結果的にバスはまだ来ていないことが判明した。そもそも乗客もほとんど来ていないのだ。冷静に考えればわかるはずだが、国境で、それも深夜に置いて行かれたらと思うと冷静ではいられなかったのだ。
 他にも何人か人がいた。別のバスを待っているらしい。イランから国境を越え、トルコに入国するバスはほかにもあるのだ。

 待っているうちに同じバスの乗客も姿を見せ始め、僕はほっとした。少なくとも置いて行かれてはいない。同じバスに乗っていた家族連れも姿を見せた。
 イランとトルコでは1時間時差がある。建物の向こうのイランでは夜の11時だが、こちらはもう日付が変わっている。ほんの数百メートルしか離れていないのに、1時間も時差があるのだ。

 国境付近に建物はなく、月明かりと頼りない街灯だけがバスを待つ乗客を照らしている。肌寒く感じたので僕は上着を着た。

 ガソリンスタンドのような見た目の国境の向こうにバスの姿は見えるものの一向に動き出す気配はなく、僕を含め乗客はひたすら待ち続けた。野犬が数匹うろついている。乗客の中には食べ物を小さくちぎって野犬に与えている者もいた。

 結構寒い。僕は日記を書き、その辺をぶらぶら歩いて時間をつぶした。
 やがて柵が開き、ヘッドライトのまぶしい明りと共にエンジン音が響いた。バスが1台、ゆっくりと走りこんできた。待ちくたびれた乗客の間からちいさなどよめきがあがる。
 バスの外見を覚えていなかったので、果たして今来たバスが乗ってきたバスなのかはよくわからなかったが、とりあえず荷物を持ってバスに近づいた。
 近づいてみると見覚えのあるバスとは明らかに外見が違ったが、乗っているスタッフに見覚えがあった。だが何か様子がおかしい。一緒だった家族連れの父親と思われる男性とスタッフが激しく口論しているのだ。乗り込もうとすると止められている。
 結局バスは誰も乗せることなく走り去ってしまった。状況が分からない。だが家族連れも乗れなかったということは置いて行かれたわけではないようだった。

 ふたたび縁石に腰を下ろし、バスを待った。かれこれ2時間は待たされている。待っている乗客たちは疲れ果てていた。やることがなく退屈だった。暗いので本も読めず、薄暗い中、低い声でささやきあう乗客たちを眺めながら時間が過ぎるのを待った。
 やっと二台目のバスがやってきた。スタッフが「イスタンブール」と声を上げる。件の家族連れやその他乗客に交じりバスへ向かった。
 
 さっき口論していた男性が荷物を積み込み、バスに乗り込んだ。僕も乗ろうとすると運転手が僕を止めた。
「あなたは違う。あなたはネクストバスだ」
 突然の事なのでうまく理解できない。なぜ僕は次のバスなのだろう?言われるがまま後ろに下がる。バスは乗客を乗せ終わると走り去ってしまった。
 
 一体どういうことなのだろう。なぜ国境に着くまで同じバスだった乗客と違うバスなのか。運転手の言葉に従ったが、確証は持てない。
 その後バスが来るたび乗り込もうとしたが「あなたは違う」と言われどのバスにも乗れなかった。そして次第に状況が飲み込めてきた。

 やはり2台目のバスが本来乗るべきバスで、僕は置いて行かれたらしかった。僕にネクストバスだと告げた運転手が間違えていたのか、それに従ってしまった僕がいけないのかそれは分からないが、今となってはどうでもよかった。やはり同じバスに乗ってきた乗客についていくべきだったのだ。

 それにチケット。思えば例の父親が乗る際に運転手にチケットを見せていた。ネクストだと言われようが、僕もチケットを見せれば乗れたはずだった。バスチケットを運転手に見せる。バックパック旅の基本的なことではないか。
 状況が分かるにつれ僕は次第に不安になり始めた。心の底では置いて行かれてしまったのだとわかっていたが、運転手のネクストバスという言葉を信じ、バスが来るたび、僕は乗れるのかを訊き続けた。結果はどれも同じで、僕は乗れなかった。(続きます)

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