【アジア横断バックパッカー】#59 11ヵ国目:トルコ-ドウバヤズット ただイスタンブールへ行くだけ、それができない
ドウバヤズットのバスターミナルに着くと、イラン人2人は先頭に立って歩き出した。僕は彼らの後を追った。建物の外で客待ちをしていたらしい男性とイラン人2人が何事か話し、やがてイラン人2人は元来た方へ戻り始めた。
「どうしたの?」
僕はよくわからず尋ねた。
「彼のバス会社でイスタンブールまで行けるらしいが、高いんだ」
若い方が言った。2人はなぜかバス停に戻り、ベンチに座った。話を聞いてみると、ここからイスタンブールへ行くと高いので、まずエルズルムへ行き、そこからまたイスタンブールを目指すらしい。
彼らの話を聞いてみても、僕はよく飲み込めなかった。ターミナルの中にはチケットカウンターはまだたくさんあるはずだが、彼らはひとりに訊いただけで高いと決めてしまったらしい。いくらなのかは分からないが、吹っ掛けられている可能性はある。それに一旦エルズルムへ行くとしても、結局イスタンブールへ行くのなら総額はほとんど変わらないはずだった。
気付くと、国境で見かけたもうひとりのイラン人が合流していた。彼らはバス停留所で一体何をそんなに話しているのか疑問に思うほど激しい議論をし始めた。ただバスチケットを買うか買わないか、買うならどこ行きを買うのか、今この状況で話し合えるのはせいぜいそのくらいだろうに、彼らは延々と話し続けていた。特に後から合流したイラン人の話しっぷりは目を見張るものがあった。
僕は始めこそ脇で会話を聞いていたが(何を話しているのかはさっぱり分からない)次第に苛立ち始めた。彼らは一体何を話しているのだろう?さっさと決めてチケットを買えばいいだけの話ではないか。
それから僕は今後の行程を考えた。このまま彼らと行動を共にするなら、一緒にエルズルムへ行くことになるのだろう。だがもう停滞はごめんだった。あのバスに無事乗れていれば、今頃はイスタンブールへ一直線だったのだ。それが国境で半日足止めを食らい、またも別の街で1泊するのはもう耐えきれなかった。
自分で決めなければ。僕の旅はいつもそうだった。
議論を続けるイラン人3人に、僕は割って入った。
「ちょっとごめん」
3人の会話が止まった。
「僕はここから一直線にイスタンブールへ行くよ」
ターミナルには円形の待合室のような場所があり、奥にチケットカウンターが向かい合っていくつか並んでいた。
僕がチケットを買うためターミナルへ向かうと、イラン人3人もついてきた。彼らはやはりエルズルムへ行くらしい。
僕は鼻息を荒くしながら一番近くのカウンターの前に立った。
「今日イスタンブール行きはある?」
ああ、あるともとスタッフがパソコンを操作し始めた。僕はほっとしたが、あることに思い当たった。
「払いは米ドルでもいいかな」
国境からまっすぐここまで来たせいで、僕はまだトルコリラを持っていなかった。
「ああ、大丈夫だ」
スタッフが頷いた。どうやら買えそうだった。
調べるのに時間がかかるらしく、座って待っていなさいとカウンター内のベンチをすすめられた。スタッフがチャイを淹れてくれたので飲みながら待つ。
なかなか結果が分からない。スタッフはどこかに電話を掛け、折り返しを待っているようだった。僕は次第にそわそわし始めた。
30分たった。チャイはとっくに飲み干している。スタッフがこちらを向き、首を振った。
「フルだ」
僕は落胆と共にまた苛立った。30分も待たせておいて満席とは。
僕は憤慨してカウンターを出た。なに、チケットカウンターはほかにもある。イスタンブール行きなどいくらでもあるはずだ。日本で言えば地方都市に東京行きのバスがあるようなものである。ないはずがない。
僕は隣のカウンターへ行った。
「今日のイスタンブール行きは?」
「あるよ。ひとりかい?」
スタッフが手続きを始めた。空席はあるようだった。僕はほっと胸をなでおろしたが、またお金のことを思い出した。だがさっきのカウンターが米ドル払い可能ならここも大丈夫だろう。一応訊いた。
「払いは米ドルでもいいかな」
スタッフが首を振った。
「駄目だ、リラだけだ」
僕は狼狽した。必死で頭を働かせる。
「カードは使える?」
「オンリー・キャッシュ」
「ATMはある?」
スタッフはまた首を振った。予想はできていた。ターミナルの建物はいかにも待合所と言った雰囲気で、カウンターと売店兼レストランぐらいしかなかった。
「この辺にATMってある?」
「ない。ここらへんは郊外だからね。街中まで戻らないと無いよ」
僕は叫び出しそうになった。一体なんだ、一体なにが僕の旅を阻んでいるのか。 (続きます)
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