【アジア横断バックパッカー】#45 8ヵ国目:インド-アムリトサル アムリトサルを観光…しない
アムリトサルの名所と言えばゴールデンテンプルである。そしてゴールデンテンプルでは毎日3万食もの食事が人々の手によって作られ、無償で提供されている。人々が機械的に食事を作っている様を「聖者の食卓」というドキュメンタリー映画で見て、それがアムリトサルの風景だったと知った時、ぜひこの目で見て、その食事を食べてみたいと思ったのである。
だがその夢は叶わなかった。ゴールデンテンプルを見には行ったのだが、詳しい場所が分からず、見つけることができなかったのである。あんなに大きな建造物なのだから、遠くからでも見つけることくらいできるだろうと思ったのが甘かった。
またゴールデンテンプル付近が信じられないくらい混雑していた。インドは国内旅行ブームなのだ。どこもかしこもインド人で溢れかえっていた。うろうろできそうもない。僕は半ば逃げるように宿に戻った。
僕は疲れ切っていた。今になって思うと宿が地下1階で窓がなく、閉塞的だったのも気分がふさぐ一因だったのかもしれない。満足に食事ができなかったのも大きい。ネパールであんなことになった以上、現地の食事にいまだに抵抗があった。幸い宿で食事を頼めたので何とかなったが、外光の入らない宿で独り食事をしていると、本当に自分は何をやっているのだろうと思えてくる。チキンとチーズのハンバーガーを頼んだら、チーズが緩く、こぼれてくるので食べづらかった。しまいには裸足の足にチキンとチーズがこぼれ落ちた。何もそこに落ちなくてもと思う。痛々しい風景である。
ひとつ気になることがあった。宿にインド人の青年がいて、ベッドをひとつ占有していた。だが恰好からして旅行者ではなさそうで、単に旅行者のフリをしてただベッドに寝ているのか、それとも宿のスタッフの友人で、友人のよしみで侵入しているのか、ともかくその青年がじっと僕を見つめてくるのである。そこそこいい宿に泊まれるくらいだから、まさか持ち物を狙っているわけではなさそうだが、カーテンの隙間越しに目があったりするとドキリとする。僕が見返しても目を背けることがない。べつに外国人旅行者など珍しくとも何ともないはずだが。ベッドに寝転んでスマホを見ていたら、ついにその青年がやってきてこう言った。
「君のそのスマートフォン、ちょっと貸してくれないか?」
笑顔で言うのである。バッテリーがどうとか、電話をかけたいからとかなんとか言っている。僕のスマホはiPhoneで、国によっては札束同然である。
僕はじっと青年を見つめ、すぐに「No」と言った。青年の笑顔は一瞬で消え、驚いた表情になる。
「これはインドで電話できる設定にしてないから」
僕は理由を述べたが青年は最後まで聞かず離れていった。
僕はベッドの上でしばらくじっとしていた。まさかとは思うが、狙われているのか…。あまり長居は出来そうになかった。
すぐにインドを発たねばならぬと僕は決意した。もうアジアの喧騒、熱気、いい加減さにうんざりしていた。早急にパキスタンへ向かい、イラン、そして最終目的地であるイスタンブールへ向かうのだ。イスタンブール、なんという素晴らしい響きであることか。イスタンブールイスタンブールと何回でも口にしたくなる。沢木耕太郎もイスタンブールの良さを書き連ねている。
うつ気味だった自分を奮い立たせ、パキスタンへ向かう準備をした。といってもATMでインドルピーを引き出したくらいである。国境でパキスタンルピーに両替できるのだ。
翌日宿をチェックアウトした。チェックインしたときと同じ青年スタッフであった。
「次はどこに行くんだい」
青年が僕に尋ねた。
「ラホールだよ」
言ってしまってから、まずかったかなと思った。インドとパキスタンの関係は悪い。気を悪くするかもなと思った。
だが青年はふーん、という感じで特に何の反応も示さなかった。
「それじゃあ気を付けて」
ずっと仏頂面だった青年が初めて笑顔を見せた。怒ってしまい悪いことしたなと思った。(続きます)
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