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11.28

目を開ける。
時刻を確認すると、6時になったところ。

今日も仕事かと思い、ため息を吐く。
すると、ため息を枕が受け流し、跳ね返してくる。

そうだ、いま僕は布団に包まれている。

このぬくもりは心地良すぎるよな。
この布団に包まれているということを実感できる冬の訪れは個人的には大歓迎なのだ。

枝豆ってこんな気持ちなのかなと思うと同時にぬくもりに包まれているであろう枝豆をプチプチと冷酷に口に運ぶ僕は犯罪者なのだろうかと少し考えてみる。

でも、うとうとしてきたのでやめた。

とりあえずぬくもりに誘われて7時まで眠りにつくことにした。

そして、7時に目が覚めると戦闘準備をはじめる。

ドアを開けて外の冷え切った空気を吸い込むと意識がはっきりしてきだした。
そうやって今日も今日がやっとはじまったのだと実感するのだ。


パン考

僕はパンが好きだ。

休日にはご近所のパン屋さんだけではなく、県外にあるパン屋さんにも足を運ぶし、陳列されているパンのそれぞれと自分のお腹とで対話し、その時々にあったベストなパンを選び出す。

その時に生きているという実感を味わうのだ。
(パンが好きという実感の方が近い。)

だからこそ、僕はパンが好きだし、その時々の出会いを求めてパン屋さんに足を運ぶ。

それが僕が僕をパン好きたらしめる理由であると言っても過言ではない。

そう思う。
しかし、そう思っていたに変わった。

ある一言で。

それはパン屋さんトークで盛り上がる取引先の方からいただいた一言だ。

「ぼくくんは、何パンが好きですか?」
深淵をのぞいている時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。

ハッとした。
考えたこともなかった。

僕が好きなパン……ってなんだ?

「あっ、えーっと…カレーパンです。」
いや、違うんだ。


いや、確かにカレーパンは好きだよ。

というのもそのパン屋さんの美味しさはそこで陳列されている"カレーパン"で決まると、今はすっかり忘れてしまった誰かに教わってからは、その教えをしっかり守り続けてきた。

だからこそ、いまでもパン屋さんに訪れるとまずはじめにカレーパンをしっかり吟味するし、なるべく買って帰るようにしている。

たしかにお店ごとに個性のちがうカレーパンに出会えるので、これは確かにパン屋さん巡りを好きな理由の一つだと思う。
(たまごがはいってたり、チーズとか、外がサクサクがウリだったり、これはこれで面白い)

でも、そのなかでもいっちばん好きなパンはカレーパンなの?って聞かれると即答できないあたり、おそらくパンの中で一番好きとはいえない。

だから、僕の中でのカレーパンの立ち位置というのはあくまで好きなパンに分類される。
いや、たったいまされた。

だってカレーパンって、カレーの美味しさであってパン…いや、本当にカレーパンが好きな人からこの文章の先を書くと大批判をぶつけられそうなので書かないことにする。
いや、怖くて書けない。
カレーパン愛好家のみなさん、ごめんなさい。


じゃあ…なんですよ。

じゃあ、自分が好きなパンを一つ決めるとしたらという最強の問いに答えを出さないといけないとしても、さっぱり決められない。

陳列棚に揃うその日のオールスターの中から個人的にあんこが好きだから、あんぱんが大好き!ということで、あんぱんが好きとしてまうのはいやはや安直すぎる気がしてしまうと同時に、僕のプライドが許さない。

いや、許してくれない。

いや、好きなパンってそんなものなのかなとかふと思ったりもする。
でも、やっぱり好きなパンには好きなパンたる思い入れであったり、思い出とかそういった理由づけが必要なんじゃないかと思うのだ。

そういったことを踏まえて考えてみるとだよ。

私は◯◯パンが好きなんです。とさらっと言えてしまう人は実はすごい経験をされているに違いないと思うんだ。

その人がそのパンを好きになるきっかけといえる出来事があってそれからそのパンのことしか好きになれない、考えられないとかそういうの。

そう。もうこれは、""だ。

ここまでくると、もうパンだけにとどまらない問題のような気がしてきた。

あの問いは僕という個人の人生の本質にせまる問いだったんじゃないかと思いはじめてきたので、とりあえず考えることをやめることにした。

沼だよ、沼。

これは京都の新田ベーカリーさんのクリームパン

おわりに。

そうそう、今日の帰りにDONQであんバターフランスを買った。

それを今食べているけど、美味しい。
困ったことに美味しすぎる。

好きになっちゃいそう。

こんな理由でも許されるのか?
どう思うよ、僕よ。


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