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【推しカフェ】『名曲喫茶ライオン』【東京,渋谷,道玄坂】――巨大な立体音響装置でクラシックを聴く。荘厳なレトロモダンカフェ

 昨日は12月12日の日曜日。所用の帰りに、大好きなカフェへ。
 入店時には、ベドルジハ・スメタナの『我が祖国』第一曲、第二曲がかかっていた。
 第二曲「ヴルタヴァ」(モルダウ)は、多くの人が一度は聴いていると思う。

↑ 16分11秒頃から第二曲「ヴルタヴァ」

◇・◇ リンク&地図 ◇・◇

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(↑ホームページリンク)

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 ◆時短営業中。現在の営業時間 13時~20時。

 ◇・◇ 

1.「しぶや百軒店」にある「名曲喫茶ライオン」

 東京、渋谷。
 奥渋や松濤の手前、道玄坂を上って路地を入っていくと、風俗街ホテル街がこっそり(?)広がる。
 その中に、堅牢な石造りの建物がどっしりと構えているのに突如遭遇すると、大抵の人は驚く。
 「喫茶……カフェ?」
 「なんだろう」
 そう呟きながら通りすぎる人をよく見掛ける。

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 昔、ここ一帯に関東大震災で被災した名店の数々を誘致して賑やかそうと計画された「百軒店(ひゃっけんだな)」の名残なのだ。
 大正時代、浅草六区を凌いで日本一の繁華街となるも、東京大空襲で全焼。現在は趣の変わった「しぶや百軒店」。戦禍を耐えたその店は、現在も同じ場所にある。

 店の名前は、『名曲喫茶ライオン』。
 危険物持込禁止、大声禁止、店内撮影禁止。携帯はマナーモード、PCのキーボード音に注意すること。
 こんな感じの約束ごとがある。皆、ほぼ無言。
 音楽を聴くための名曲喫茶だ。

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 入り口のレリーフが印象的。これもなのかはわからないけれど、お店にあるレリーフの数々は、創業者の方が自ら掘ったという。
 大正15年に恵比寿で開店、昭和元年にこの地へ移り、これを創業としている。

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 店内に入ると、船室や汽車を思わせる木製の机と椅子が二脚ずつズラリと並んでいる。ビロード張り(?)のような赤い布張りの椅子の背凭れには、白いカバーが掛けられている。
 映画『タイタニック』に出てくるダイニング・ルームみたいな豪華な内装だ。
 地下は防空壕らしく、時代を感じる。


◇・◇ 取材記事&リンク ◇・◇

 初代店主のこだわりや、内観の写真、スタッフの方々が使う古風な品々を取材した記事も出ている。

Harumari TOKYO より

Melitta「こだわりの珈琲店を巡る」より

 ◇・◇

2. “ プログラム表 ” と “ 立体音響装置 ”

 入店後、すぐに品のある好青年な店員さんが来て、席は自由だと教えてくれた。その際に「お二階もございます」とのことで、一階からの吹き抜けを見下ろせる二階席を選んだ。
 一階、二階、三階と地下があり、三階と地下はスタッフオンリー。二階の前方が一階からの吹き抜けとなっている。
 私が選んだのは、吹き抜けを突き抜けるように設置された、巨大な立体音響装置の全体を見ることが出来る席である。

 この立体音響装置が、お店の最大のポイント。
 創業者の方がこだわりぬいて開発・オーダーメイドした音響装置だという。お店の設計から何から、全てご自身で担当された創業者の方は本当に多才な方である。

“ モノラルの音でもステレオに近い音を再現するために、スピーカーを左右非対称にし、低音と中高音を3つに分けた4チャンネルスピーカーを設計したという。開発には、某大手家電・音響メーカーの研究所に勤めていたエンジニアが協力した。常連客だったそうだ。その後、このオーディオ・システムは、米国の音響専門誌『AUDIO』の1958年12月号で全ページにわたって写真入りで大きく紹介され、世界的な名声を得た。”

――「こだわりの珈琲店を巡る 第三回 渋谷 名曲喫茶ライオン こだわりを受け継ぐ、クラシック喫茶の草分け」より

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 店員さんが、席にお冷やと “ プログラム表 ” とメニューを持ってきてくれる。メニューは基本飲み物。アイスクリームが唯一の食べ物。
 そして、このプログラム表が特徴的である。
 その月に演奏される定時コンサートの予定表だ。
 毎日、三時と七時にこのプログラムに則り決められた曲目が演奏される。

 ちなみに、以前年末に行った時はベートーヴェン「交響曲第9番ニ短調作品125『合唱』」がプログラムだったことがある。日本の年末風物詩と言えば「第九」。戦後に平和を祈って演奏したのが始まりなど、諸説あるらしい。
 ライオンでも、やはり「第九」だった。

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 このお店では、時間の都合が合えば一組一曲、リクエストが出来る。
 なんと、ディスクの所蔵は5000枚以上!
 お店の方針に合わない曲でなければ、持ち込みもかけてもらえる。

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 ホットココアを注文し、遅い時間になってしまったのでなかば諦めながらも「リクエストできますか?」と店員さんに尋ねると、「次は定時コンサートで、終演なので……」。
 感染症対策で時短営業中。そうですよね……と納得していると、「短い曲でしたらコンサート後の閉店までかけ続けることはできますよ」。
 や、優しすぎる……!

3. サティ「グノシエンヌ」をリクエスト

 私はクラシックに詳しいわけではないけれど、エリック・サティの曲は大好き。
 ここに来ると、だいたいはサティの「グノシエンヌ」をリクエストしている。

 ↑グノシエンヌの第一番。私は一番好き。

 ↓グノシエンヌの第三番は、生感覚レンズのCMで知っている人が多いかもしれない。

 ジムノペディの第一番はサティの中で特に有名。↓

 この日も、「あの、グノシエンヌを、あの、ピアノで……」とあがり症の私はたどたどしくお願いした。それをちゃんと聞き取ってくれる店員さん。

 ココアは、白い円柱形の厚口カップでやって来た。マグカップのような形だけどソーサーに乗っていて、シンプルにかわいい。ブラウンの机によく似合う。
 まろやかな口あたりで、温かさが身体に沁み入った。シンプルに美味しい。670円。

 ちなみに、コーヒーは、

“ ライオンのコーヒーの味は、ロンドンにあるライオンベーカリー直伝である。”
――「名曲喫茶ライオン」ホームページ より

 ということで、本場の味わいらしい。珈琲好きの常連さん達の評価も高いよう。

 そして、なんと、定時コンサート前の時間を見つけて、リクエスト曲を流してくれた!
 なんという、神店員さん……いえ、もう神店員様。

 かけてくれたのは「アルクイユの春/エリック・サティ作品第二集 演奏:フェビアン・レザ・バネ」から、「3つのグノシエンヌ」のうち、第一番と第二番。
 演奏後、「第二番までしか流せなくて、すみません……」と伝えにきてくれる、神店員様ふたたびの神対応。
 しかも、帰りがけに演奏者などを尋ねたらわざわざディスクを見せてくれた。本当にありがとうございました。

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 グノシエンヌは不気味さや不穏さが目立つけれど、こちらの演奏は穏やかで軽やかさもあり、夜の時間帯にも気が滅入らない。閉店前にダークな曲を頼んでしまった……!と後から思ったけれど、こちらの演奏で良かった。
 おどろおどろしい演奏も、時代を感じる内観にまたマッチするのだけれど。

4. 定時コンサート「ワルシャワの生き残り」など

 そして、夜七時をむかえて、定時コンサートが始まる。
 今年の12月12日は、「現代音楽の推進者」とされる指揮者へルマン・シェルヘンの未発表ライヴ集から

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 シューベルト:ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド イ長調 D438
 ロア・スポエッリ(ヴァイオリン)
 ベロミュンスター放送管弦楽団
 録音時期:1945年11月12日 アセテート盤より

 ラヴェル:組曲『マ・メール・ロワ』(全5曲)
 RIAS交響楽団
 録音時期:1949年1月31日

 シェーンベルク:ワルシャワの生き残り Op.46
 ハンス・オラフ・ハイデマン(語り)
 ダルムシュタット州立劇場管弦楽団
 録音時期:1950年8月20日

 ヘンデル:水上の音楽
 ローマRAI交響楽団
 録音時期:1957年1月5日

 というプログラムだった。

 ↓おそらくこちらの演奏。

 「ワルシャワの生き残り」は、ホロコーストを題材に扱ったなかなか壮絶な曲で聴き入ってしまう。ナレーターと合唱の、荘重な男性の声が耳に残る。

“ ナレーションは、第二次世界大戦中にワルシャワのゲットーを生き延びてきた男を表しており、筋書きは、死の収容所で処刑されようとした一群のユダヤ人の恐怖体験である。
ナレーターの言葉は英語であるが、ドイツ兵が登場する場面において、彼の台詞を引用する際にドイツ語が用いられている。男声合唱は結末に登場し、「シェマ・イスロエル(聞け、イスラエル)」(申命記6:4-7)をヘブライ語のアシュケナジム式発音で歌う。
作曲者の十二音技法が遺憾なく発揮されており、無調の音楽がホロコーストの残忍さを強烈に訴えている一種の政治参加の音楽であり多言語テキストの音楽である。短いが彼の代表作の1つである。”

―― Wikipedia より

 ブログ「ボクノオンガク」さんが、歌詞の掲載と和訳をされている。↓

“「もっと早く! 最初からやり直し! 何人ガス室送りにするか1分以内に知りたいのだ! 番号!」
 彼らは再び番号を言い始めた。
 始めはゆっくりと、1、2、3、4 、そして段々と早くなり、ついにはあまりに早くて私には馬の足音の様に聞こえ、
 そして突然、彼らは番号の最中、「シェマ・イスロエル」を歌い始めたのだ。”

 その後で、麗しく楽しく上品で賑やかな「水上の音楽」が流れた。優雅な舟遊びにピッタリの音楽。

 ノスタルジーとモダンが両立する、華やかだけどどこか厳かなお店の雰囲気にもとても合っていて、「楽しかった!」という気持ちでお店を後にできた。

5. おわりに ――店員さんへ感謝を込めて

 クラシックに明るくなくても、音楽を「いいな」「好きだな」と思えるお店。
 それが「名曲喫茶ライオン」だと思う。
 私にとって、東京の一番の名所。
 今は少し遠くなってしまったけれど、本当はもっとたくさん通いたい。

 最後に、素敵な店員さん、本当にありがとうございました。
 最近で一番に嬉しかったお心遣いでした。


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(↑ホームページリンク)

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