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夢から降りて日常へ ワンピースのロイヤルブルー

 朝。である。さっきまでベッドにいた。寝苦しい夜でとちゅう何回も目が覚めた。肩と首の汗がひどいのでパジャマを替えた。2024年の6月末、暑い。夜も昼も暑い。知人に会うと「7月8月どうなっちゃうんだろうね」がよく出る。「7月8月は連日40度で外出禁止になるんじゃないかと思うんです」昨日、寄ったお洋服やさんの女の子が言っていた。ショートカットの小さな幼い表情と肉惑的な身体のアンバランスが目を引いた。ああいう子は相当モテるのだろうなと思う。

 モテる子。の人生はいったいどんな風になっているんだろう?モテる子の心の履歴書はどうなっているんだろう?以前から興味がある。わたしはモテない。モテるとかモテないとかいう対象として男に扱われた経験をあまりもたない。だからモテない女の心の履歴書にある共通項はなんとなくだが感じ取れるところはある。モテない女の心に共通項があるのならモテる女の心にもどこか一定のパターンがあるのではないかと思うのだ。それが知りたい。

 めちゃくちゃモテる女ともだちがいる。彼女の人生は「金と男と車」によって彩られている。彼女は電車に乗らない。なんとなく薄汚いでしょ、という。どこに行くにも車だ。誰もがうらやむ外車を乗り回し高級ブランドのバッグや靴で武装し、20代から70代までさまざまな分野の男たちと食事をし、手をつなぎ「セックスは我慢してね」と甘えた声でささやく。何人の男が彼女との「セックスを我慢」しているのだろう?
 恋を叶えるにはどうしたらいいのだ?彼女に問うと「髪・肌・姿勢・洋服・化粧・爪」といろいろ返事がある。恋を叶えるには女っぽさの演出が重要で、好きな男がいるのならまずはそこに全力集中した方がいい、自分から言い寄ったりせずにまずは肌と髪を磨け、そういわれて何年もたつが、肌と髪を磨くのには時間と金と労力が要る。なかなかうまくいかない。特に髪だ。ドライヤーとブラシでセットするたびに「うしろ」がわからない。前髪とサイドはなんとかなる。「うしろ」はいったいどうすればいいのだ。見えないし。先日、この謎がとけた。美容師さんが教えてくれた。「見える部分だけを頑張ればいい」とのことだった。

 めちゃくちゃモテる女ともだちはなぜか私を慕っていて「一生いっしょにるから」とか「何かあったら面倒見るし」を頻発する。どう反応していいかよくわからないので、はあん?と睨むと「愛しているよお」などという。面白い女だ。
 男も女もおもしろいにこしたことはない。おもしろいの意味は広い。愉快でげらげら笑えるおもしろさにはじまり、たたずまいやちょっとした仕草に味わいのあるおもしろさ、本人にとっての純情が他者から見ると屈折した思い込みとしか映らないおもしろさ、傲慢で生意気で鼻持ちならない人間から漂う哀切のおもしろさ、年をかさねた人間が滅びを愉しむおもしろさ、まだなにもよくわかっていない子どもにしか理解できない新鮮のおもしろさ、男のおもしろさ、女のおもしろさ。高揚と落胆をひょいひょい駆け抜ける精神弱者のおもしろさ。いろいろだ。

 こうしてみるとまるで私は「わたしはいろんなことを達観している人生の達人であります」と言いたいようにみえる。しかし「わたしはいろんなことを達観している人生の達人」では決してない。ひとり寝がさみしく毎晩酒で脳をぼんやりさせている。ひとは決してひとりではない。ことは理解しているつもりだがやはり「ひとは徹底的にひとりだ」とも考えている。
 「ひとは徹底的にひとりだ」という文章は信用した方がいいと思う。これがわからないといつでも誰かや何かを待つ癖がつく。自分ではない誰かや何かが突然あらわれ、救いなり答えなりを授けてくれる、この思考パターンの癖がつく。救いも答えもおそらくはない。そんなものはない。

 人生に負けたくはない。
 からはじまり
 人生に負けたあとも生活はしつこく続く。
 ことを味わい
 生活のひとつひとつの場面の「おもしろさ」を発見する。
 夢から日常へと、ひとはこうして降りるのだ。

 ピーマンの緑と玉ねぎの皮。
 水道水が生ぬるいこと。
 靴擦れのあと。
 昨日であったご婦人が着ていたワンピースがきれいなロイヤルブルーだったこと。
 
 日常は「おもしろさ」に満ちている。

 

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