見出し画像

毒の付いた鎖(5)

これで終わりです。読んでいただき誠にありがとうございます。エンディングはこちら。


 ヒロイハヤトは取り調べ中に遅効性の毒で死んだ。なんでも山の中に生えている毒キノコを食べたのだという。首都軍として、私に課された役割はここで終わった。後から警察の関係者から聞いた話によると、ワクチンプログラムに未登録だったことが家族に発覚した。それが元となって争いとなった結果、家族を全員殺してその足で山に家族を埋めたのだという。恐らく毒キノコはその後に食べたのではないか、と。
 斜に構えていた彼の顔を思い浮かべた。その関係者の話からすれば、随分身勝手で我儘な動機だと思う。だが、私はこうも思う。そんな身勝手で我儘な彼の信じた物事にどうしても殉じる必要があったのだろう、と。それでも誰かを殺め、傷つけることは間違っている。それでは一緒にされたくなかった反乱軍と一緒ではないか。
 それからしばらくして、反乱軍がまた各所で暴動を起こしているという話をした時、ヒロイハヤトを思い出した。彼はどこかで私を嘲笑っているような気がした。「ね? 争いなんてどこでだって起きるんだよ」と。この反乱軍を止めるために、私たちが居る。抵抗をするならば彼らを悪とみなし、そしてせん滅をしなければならない。だが、その発端を作ったそれらが全て最初からそうなるようにシナリオ付けられていたとしたら。そんなことを思うと、私は最前線へと立つことに恐れを抱くようになった。
 誰を撃てば良いのか、誰を倒せば良いのか。私には分からなくなったから。果たして私が正義なのかさえ、怪しくなってしまったから。それまでは自らを正義の象徴であると信じて来たもの全てが疑わしくなってしまったのだから。
「人は自分が正しいと思っている事だけを信じて生きていくしかない」。それは私自身も同じだった。そして信じていたものが疑わしくなってしまった瞬間、私は初めて宙ぶらりんな気持ちになってしまったのだ。
「ヒロイ。私は何が正義なのかさえ、分からなくなってしまったよ」
 彼にそう問いかけようにも、荼毘に付されたはずの彼の遺灰だけが納められた場所はどこにもない。様々な遺灰と共に無縁仏の墓に放り込まれたまま、ヒロイハヤトという名前さえ忘れ去られ、消えていく。彼は自分が生きたいように生きたかっただけのただの我儘な少年だった。その一方で最期の時まで自らが信じる真実に殉じた哲学者のようでもあった。だが、何かを証明したかったわけでもなければそれを盾に誰かと結託するわけでもなかった。ただ自分がそれで幸せであればそれで良かった。だから、世界がどうなろうがワクチンを打とうが打つまいが彼にはどうでも良い。ただ、世界は確実にヒロイが言うように首都軍がのさばり始め、日常のそこら中に小さな争いが生まれるようになっている。
 そうした日常の中に忙殺されていく中で、私はいつしか彼のことを忘れていた。

 少なくともここは灰色に満たされていない、とわたしは思う。それは辺りを見渡したがゆえに得ることが出来た結論。どちらかと言えば白色に近く、もっと言葉を言い換えるなら、こじゃれたマンションのようにコンクリートを打ちっぱなしにしたような。そんな色合い。ただ、見えている景色はどこかモノトーンでおおわれている。外を眺めながら、教師の話を聞いている午後の授業のよう。それなのに、ここには日常がない。
 やがて、扉が開き気難しそうな顔をした男がわたしの前にどっかりと座った。名を訊ねられ、わたしはタカノチヒロと名乗った。瞬間に、その確からしさは確信へと変わる。わたしはこれから、取り調べを受けることになる。いくつかの間があって、ようやく男は口を開く。彼は、自らの名をキムラと名乗る。
「これから取り調べを始める」
「はい」
 気だるい一日が刺激的になるかな。そんなことを思った。


はい。というわけで、こちらで以上です。全編版も併せて出しておきますね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?