山の中の宿に2泊引きこもってデジタルデトックスした話
全人類に勧めたい。
6月以降ニートになり、現在はフィリピンに3ヶ月滞在しながら英語学習をしているのですが、出国前に2泊で神戸の宿でデジタルデトックスをしていました。
それがものすごく良かったので、どんなことをしたのかや、気づいたことなどをまとめてみたいと思います。
何か気分がもやもやして晴れない人や、日々ネットサーフィンしてしまうことに自己嫌悪している人はぜひ次の週末にでも、1泊でもいいので(可能なら2泊以上をオススメしますが)ちょっと住んでいる地域から離れた温泉施設やホテルを予約してみてください。
個人的には健康ランド併設の宿泊施設がお風呂が広い上に宿泊費用も安いためオススメですが、思い切って高級ホテルを予約してみちゃうのもありと思います。色んな気付きがあると思います。
ちなみに私が泊まったのはこちらの宿。大広間を区切っただけの簡易的な格安部屋を選択して、かつ平日だったのもあり素泊まり2泊で1万円ちょっとでした。
神戸地下鉄の学園都市駅から30分おきに無料シャトルバスが出ているのでアクセスは比較的良好です。
デジタルデトックス期間中のルール
デジタルデトックスのやり方は人それぞれあると思うのですが、自分が行ったルールを書き出しておきます。
デジタルデトックスルール
PCは家に置いてくる
スマホの使用ルールは以下
1.スマホは朝の7時~8時のみ使用可能
2.上記時間以外は電源を切って金庫へ格納
3.散歩や買い出しで出かける際(徒歩30分くらいのところに駅前商業
施設があるため食料などの調達が必要)は電源を切った状態で
スマホ持ち出し化※迷ったときのマップとしてのみ使用可朝起床後は瞑想と散歩をする
デジタルデトックスして気づいたこと
では以下からデジタルデトックスをしてみて気付いたことを思い出すままに書いてみたいと思います。
スマホは1日30分触ればいい
まず一番自分の心に残ったのが「スマホは1日30分触れば事足りる」ということでした。
特に緊急な連絡が入っていた場合などのために朝の1時間のみをスマホの使用時間と決めていたのですが、実際にスマホを開いて返すべき連絡(雑談レベルのLINEなども含む)に返したりしていると30分程度で終わってしまい、結局1時間も使うことなくスマホを金庫に戻してしまっていました。
つまり自分にとって一日のうちのスマホを触っている時間のうち、30分以上の部分に関しては基本的には無駄なのだ、という事実に気づきました。
日々のニュースなんて追わなくていい
では自分はスマホが必要な時間(30分)以外、何にスマホを使っているのかと考えると、そのほとんどが日々のニュースや好きな発信者や友人の投稿を眺めている時間でした。
特にこの時期は衆院選挙の前だったこともあり日々政治界隈のニュースが気になって見てしまっていたのですが、振り返ると同じようなことを発信しているコンテンツをいくつも流し見して時間を潰していることに気づきました。
また自分の場合特にVoicyなど、自分の好きな発信者の日々の発信を追うことも日課になっていたのですが、こちらとも距離をとってみると「何で自分は毎日頑張って情報を追いかけていたのだろう」と考えてしまいました。
同様に、なんとなくSNSで友人たちの近況を見ては時間をダラダラと浪費したりもしていました。
日々のニュースなんて1日や2日、もしかしたら数週間追わなくても自分の生活には何ら影響がありません。政治家が裏でどんな根回しをして選挙に臨んでいようと、騒動を起こした芸能人がどうなっていようと、友人が新たなチャレンジに邁進していようと、自分の人生に及ぼす影響なんてこれっぽっちもありません。
でも、なぜかそれまでの自分はそれがあたかも自分にとって重要な情報であるかのような錯覚をして日々のニュースや発信を追いかけていました。
思い返せば喫煙やアルコールと同じような中毒症状を起こしていたのかも知れません。そのことを改めて自覚できたのが一つの大きな収穫でした。
デジタルがなくなることでインプットの質が高まる
パソコンやスマホを使わなくなったことで空いた時間は読書や英語学習など、自分が目的意識を持って取り入れたい情報を接種する時間に当てました。
こちらも情報をインプットしているという点ではスマホとも変わらないのですが、スマホの場合自分が欲しい情報を知ろうとするというよりも、YouTubeのトップ画面に表示される動画やVoicyの発信者が発信している情報の中から自分で選択してインプットするという受け身な情報接種となることがほとんどです。
一方読書や学習は何らか自分が目的意識を持って取り組んでいるインプットであるため、その質の差は歴然。流れてくる情報をスナック菓子のようにつまみ食いするスマホの情報収集とは異なり、自分の欲しい情報のみをノイズの少ない高い純度でインプットすることができます。
さらにPCが手元にないことで、note執筆や創作活動などのアウトプット行動を強制的に規制されてしまったことで、よりインプットにフォーカスすることができました。
山の中で温泉・サウナ・読書・学習に没頭できる贅沢な幸福
デジタルデトックスをする前、自分は「とは言えこれだけデジタルデバイス中毒になっている自分がいきなりデジタルを絶ったら多少なりとも禁断症状が出るんじゃないか」とも危惧していたのですが、それは全くの杞憂でした。
誰にも、何にも干渉されず、ひたすら温泉とサウナに入り、スッキリした頭で読書と英語学習を繰り返す。
ちょっと学習に疲れてきたら外に散歩に出てみる。神戸と言えど田舎なため、近くに川などの自然があり歩いているだけで気持ちがいい。自分の宿の近くには国宝の寺院もあり、ちょっとした観光もできました。
そしてまた温泉に入る。火照った身体と心地よい疲労感の中でまたゆっくりと本の中の世界に浸る。
人生でこれ以上の幸福があるのか、と思ってしまうほどの多幸感に包まれていました。デジタルデバイスが自分の生活の中にいかに大きなノイズを生み出していたのかを、自分が想像していた以上に思い知らされました。
デジタルデバイスが内省の時間を奪っている
デジタルデバイスに日々触っていると常に他人の発信や言葉、思想を頭に入れ続けることになります。
もちろんそれも必要なことではあるのですが、一方でそれが過剰になると自分自身の考えと向き合う時間がなくなってしまいます。
他人の言葉を聞くことと同様、いやそれ以上に静かに自分の気持ちと向き合って自分なりの考えを整理して頭に格納しておくことは人生の中でも非常に重要なことであるとデジタルデトックスを通じて感じました。
そんな自分の考えと向き合うのには散歩もいいですが、読書も非常に有効だと改めて感じさせられました。
デジタルの映像や音声ではどうしても情報の速度が早すぎる上に自分でその速度をコントロールすることもできないので、情報のインプットと自分の考えを整理する作業を同時進行で行うことが難しいと個人的には考えています。
その点読書は自分のスピードで読み進め、時には同じところを読み返したりすることも自然と行えます。そうすることで自分の思考と本の中の知識のインプットが、自分の脳の中のリズムと自然と呼応するかたちで流れていき、自分の気持の整理や精神の安定につながっていくようにも感じました。
スマホを使っている時間の痛みが増すようになった
ここまで述べてきたようなかたちでデジタルデトックスの素晴らしさをまざまざと体感した私は、それまで以上にスマホをダラダラ見ている時間に対しての罪悪感が増幅されるようになりました。
スマホでダラダラYouTubeを見てしまっていると頭の片隅がしびれてくるというか、コンテンツの続きが気になる気持ちと相反して今すぐスマホを手放さなくては、という気持ちが痛みとして身体を走るようになった感覚がありました。
こう書いている時点で「いや、結局デジタルデトックス終わったらまたスマホ見てるのかよ」という話なのですが、とは言え自分にとってはこういった自分の中に芽生える罪悪感が膨れ上がったことは収穫として捉えており、感覚としてかなりスマホへの依存度は下がっていることを実感しています。
飲み会を2度スキップして、デジタルデトックスはいかがでしょうか
デジタルデトックスしてみて以降、明らかに自分のデジタルデバイスとの付き合い方が変わりました。スマホを触らないという全くお金のかからないアクション一つでここまで自分の心に変化があるのかと考えさせられました。
私の宿代は2泊で1万円ちょい。飲み会が1回5000円とすると2回くらい飲み会をスキップすれば可能です。
例え平日は仕事をしている会社員の方でも週末に1泊、例えば大浴場付きのビジネスホテルなどであれば1万円で泊まれるでしょう。(個人的に横浜のみなとみらいのアパホテルなどオススメです。コロナ禍では4000円で週末泊まれたのですが、今はどうでしょうか、)
また今後も定期的にデジタルデトックスをしていきたいと思いました。定期歯科検診のように半年に1度くらい、自分の気持ちと身体を整える意味でもやってみてもいいなぁと考えさせられました。
こんな感じで「デジタルデトックスはいいぞぉ~」というニートのつぶやきでした。
ではでは。
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たまにこんな感じで自分の考えなどをまとめています。