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月と陽のあいだに

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「あの山の向こうに、父さまの国がある」 二つの国のはざまに生まれた少女、白玲。 新しい居場所と生きる意味を求めて、今、険しい山道へ向かう。 遠い昔、大陸の東の小国で、懸命に生き…
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2023年4月の記事一覧

月と陽のあいだに 200

月と陽のあいだに 200

流転の章吉報(2)

「おめでとうございます」
 一通りの診察を終えた医師は、白玲に微笑んだ。
「ご懐妊でございます。今は三か月目に入ったところで、産み月は九月になりましょう。お体の不調はお腹のお子の影響ですから、ご心配はいりません」
 白玲は目を見開いて、小さく口を開けたまま固まっていた。
「安定期に入るまで、しばらくは静かにお過ごしください。走ったり転んだりは、厳禁でございますよ」
 我に帰っ

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月と陽のあいだに 199

月と陽のあいだに 199

流転の章吉報(1)

 婚礼の行事が終わり、白玲とネイサンはそれぞれの仕事に戻った。
 白玲は、皇帝の御座所で秘書として仕える。ネイサンは朝政殿の政務の傍ら、投資している事業の報告を受けたり、視察をしたりと多忙な時を過ごす。
 朝は一緒に参内し、夜になれば二人そろって湖畔の邸へ帰る。そんな繰り返しが、白玲は楽しかった。

 ネイサンとの暮らしは、また、さまざまな行事で彩られた。
 秋晴れの日には、

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月と陽のあいだに 198

月と陽のあいだに 198

流転の章巡察使

 白玲が婚礼の準備に追われていた頃、輝陽国の暁光山宮では、岳俊が陽淵の呼び出しを受けていた。白玲が去った後、岳俊は神官を辞して陽淵に仕えていた。
「お前に行ってもらいたいところがある」
陽淵は、執務室の窓から北の山脈を見つめていた。
「暗紫山脈を越えるのですね」
岳俊が確認すると、陽淵は黙って頷いた。

 大神殿では岳俊と白玲は大巫女付きの神職として、よく顔を合わせたし話もした。

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月と陽のあいだに 197

月と陽のあいだに 197

流転の章華燭(5)

 ネイサンは、皇帝直属の軍隊であるユイルハイ部隊の軍人だった。
「カナルハイとタミアと私は、十六歳で官試に合格した。四年ほど地方の皇衙で働いた後、タミアは執務室に呼ばれ、カナルハイと私はユイルハイ部隊の所属となった。男子皇族は、必ず一度は軍務に就くのが決まりだからね」

 昔語りをするような口調だった。
「陛下の治世は、けっして平坦ではなかった。数年おきに冷害が襲い、懸命に対

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月と陽のあいだに 196

月と陽のあいだに 196

流転の章華燭(4)

 明るい午後の日差しの中を、礼装の近衛に先導された花嫁行列が進む。月神殿への道には、美しい行列を一目見ようと、多くの人々が集まった。

 月神殿の入り口で、ネイサンは花嫁の到着を待っていた。濃紺の軍服をまとった立ち姿は、遠目には堂々として見えるが、後ろに回した手はしきりに閉じたり開いたりを繰り返している。時折する咳払いも、緩みそうになる頬を誤魔化しているのだろう。やがて花嫁の

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月と陽のあいだに 195

月と陽のあいだに 195

流転の章華燭(3)

 ネイサンが部屋を出ると、白玲は侍女たちの手を借りて白金色の衣に袖を通した。
 白い絹地には、金糸で精緻な地模様が織り出されている。この布地だけでも、どれほどの手間とお金がかかったか想像できない。カシャン家の力があってこその衣装だった。
 わずか十七歳のナイナ姫にとって、この衣装はどんなに重かっただろう。
 細かな刺繍が施された下着の上に、白金色の上着を重ねる。肩にかかるずっ

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月と陽のあいだに 194

月と陽のあいだに 194

流転の章華燭(2)

 婚礼の準備のために訪れた白玲を、ネイサンは邸の奥の部屋へ連れていった。
 重い扉を開けると微かに樟脳の匂いがして、部屋いっぱいに作り付けられた棚には、色とりどりの衣装が収められていた。迎えた女中頭が、うやうやしく頭を下げた。
「ここは亡き母の衣装部屋だ。ここにある衣装は、母が儀式の折に着たものだ。母は月族にしては小柄だったそうだから、そなたなら着られるかもしれない。お下がり

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月と陽のあいだに 193

月と陽のあいだに 193

流転の章華燭(1)

 ユイルハイへ戻った白玲とネイサンは、皇帝に拝謁した。進水式や氷海航路開発の報告をした後、二人は皇帝に結婚の許しを願い出た。
「考えておこう」
皇帝は返答を保留したが、その後の騒ぎは二人の予想をはるかに越えるものだった。

「ネイサン公爵と白玲皇女が婚約」という噂は嵐のように宮廷を駆け巡り、翌日には内廷も外朝もほとんど全ての人の知るところとなった。
 大騒ぎの中、誰よりも驚か

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