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月と陽のあいだに 196

流転の章

華燭(4)

 明るい午後の日差しの中を、礼装の近衛に先導された花嫁行列が進む。月神殿への道には、美しい行列を一目見ようと、多くの人々が集まった。

 月神殿の入り口で、ネイサンは花嫁の到着を待っていた。濃紺の軍服をまとった立ち姿は、遠目には堂々として見えるが、後ろに回した手はしきりに閉じたり開いたりを繰り返している。時折する咳払いも、緩みそうになる頬を誤魔化しているのだろう。やがて花嫁の馬車が車寄せに近づくと、止まるのも待たずに大股で歩み寄った。

 煌娥女神をまつる聖殿は、たくさんの灯火に照らされている。その中を、花嫁と花婿は手を取り合って祭壇の前に進んでいく。濃紺の花婿に寄り添う白金の衣の花嫁は、秋の夜空に浮かぶ月のようだ。
 祭壇の前に二人が跪くと、大神官が月神に結婚を告げる祭文を読み上げる。祭壇に供えられた神酒が二人の前の盃に注がれ、それを飲み干せば結婚の契約が成立する。
 月神に拝礼した後、祭壇を降りて皇帝に結婚のお礼を述べる。皇帝が二人に祝いの言葉を贈ると、婚礼の儀式が終わる。

 聖殿の扉を出ると、陽はすでに西の空に傾いていた。黄昏の光に包まれて、二人を乗せた馬車は湖畔の邸宅へ向かった。
 心地よく揺れる馬車の中で、ネイサンは白玲の手を引き寄せた。
「そなたは今まで、ずっと一人で頑張ってきた。そして大事なことほど抱え込んで、他人に迷惑をかけまいとする。だがもう私たちは他人ではない。迷惑などと考えず、私を頼りなさい。私もそなたを頼りにしよう」
 思いがけない言葉に、白玲はネイサンを見つめた。
「すぐにはできないかもしれません。困らせて、嫌われてしまったらどうしようと思うから。でも、少しずつ……少しずつ……」
 声がだんだん小さくなって、うつむいた白玲のうなじが薄紅色に染まっている。
「ゆっくりで良い。私だって、自分の家族を持つのは初めてだ。戸惑うこともあるだろう。それもまた、楽しいではないか。喧嘩も買うぞ。かかって来い、だ」
 ネイサンが声を立てて笑うと、白玲はその肩に寄り添った。

 湖畔の邸には、婚礼の見届け役のエレヤ夫人が待っていた。
「おめでとう。放蕩息子がこんなに可愛い花嫁を迎えて、きっとナイナ皇后も喜んでいらっしゃるわ。二人の幸せを心から祈ります」
 夜着に着替えた二人は、エレヤ夫人の祝福を受けると、寝台の帷の中へ姿を隠した。

 皇族の婚礼の儀式は、三日間続く。
 月神殿での婚礼の儀の翌日には、月蛾宮で皇帝に拝謁した後、皇族や貴族、文武の高官らを招いた祝宴に臨む。新しく夫婦になった二人の正式な披露の宴だ。そして三日目は、親族や友人など親しい人々を招いた宴が行われる。

「叔父様が前線で戦ったことがあるなんて、全然知らなかったわ」
 月蛾宮へ向かう馬車の中で、白玲が思い出したように言った。
 初夜の床で、白玲は夫の背中に大きな刀傷を見つけた。ネイサンは「戦で受けた古傷だよ」と笑ったが、自分の知らないネイサンの過去に、白玲の心に小さなわだかまりが生まれたのだった。

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