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月と陽のあいだに 199

流転の章

吉報(1)

 婚礼の行事が終わり、白玲とネイサンはそれぞれの仕事に戻った。
 白玲は、皇帝の御座所で秘書として仕える。ネイサンは朝政殿の政務の傍ら、投資している事業の報告を受けたり、視察をしたりと多忙な時を過ごす。
 朝は一緒に参内し、夜になれば二人そろって湖畔の邸へ帰る。そんな繰り返しが、白玲は楽しかった。

 ネイサンとの暮らしは、また、さまざまな行事で彩られた。
 秋晴れの日には、二人で遠乗りに出かけた。別の日には、狩に出たネイサンが「奥方に貢物を」と獲物を持ち帰り、そのまま邸で宴になった。客人をもてなす楽しみを、白玲は初めて知った。
 雪が降り積もり、長い冬ごもりが始まると、二人で筝を奏でた。当代一の名手であるネイサンの手ほどきで、白玲の筝の腕はメキメキ上がった。時には二人で皇帝の笛の伴奏をする。いつもは難しい顔の皇帝も、この時ばかりは楽しげで、時が経つのも忘れるほどだった。

 幸せな日々が続く中、白玲のたった一つの不安は、子どものことだった。
 ネイサンは、長い独身生活の間にたくさんの恋人を持ちながら、誰とも子を成さなかった。そのことが白玲の心に黒いしみのように影を落とした。子どものいない夫婦はいくらもいるけれど、ネイサンと白玲には許されないことだ。
「一日も早く皇家の新しいお血筋を」
無言の圧力は、日毎に強くなっていた。何より白玲自身が、愛する人の子を産みたかった。そんな思いを打ち明けると、親友のハンナは柔らかく笑った。
「こればかりは神様の思し召しです。お二人はお健やかですから、どうぞ焦らずに」
 ハンナは、今は帝立医学院で学びながら、看護師として働いている。そして時折訪ねて来ては、白玲の健康上の相談に乗っていた。

 やがて年が明けて新年の行事が終わり、一年で最も寒い二月になると、白玲は体の不調を感じるようになった。手足がむくんで重だるく、冬だというのに体がほてる。隣で眠るネイサンには、子猫を抱いているようだと笑われた。

 そんな日が数日続き、不安になった白玲は宮廷医の診察を受けることになった。
「悪い病気だったらどうしましょう。ようやく新しい暮らしに慣れてきたのに、また殿下にご迷惑をおかけしてしまう」
 白玲はうつむいたが、付き添うニナはにこにこ笑っている。
「ご心配はいりません。殿下は白玲様を気遣うのが嬉しいご様子ですから、少しくらい心配させてあげるのも愛情ですわ」
 白玲は困ったように眉を下げた。

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