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【第6話】withコロナやツール多様化への対応

グローバル市場でのマーケティングリサーチ(以下、グローバル調査)について、調査のプロセスや各段階での重要ポイントを解説する本連載も、いよいよ最終回となりました。
今回は、グローバル調査を取り巻く昨今の状況や変化についてご紹介します。まず避けられないのが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による定性調査の実施への影響です。同時に、コロナ以前からの潮流も踏まえた、グローバル調査の昨今の動向や変化についても解説していきます。


1. 現地へ赴き、消費者理解を深めることの重要性

本連載の第3~5回では、「定量調査」の事例を中心にご紹介してきました。消費者調査におけるもう1つの大きな調査方法が、インタビュー調査に代表される「定性調査」です。海外市場での消費者は、日本の消費者と環境や生活スタイル、嗜好性などが異なることも多いため、定性的(質的)な理解はとても重要です。

定性調査の主要手法であるインタビュー調査では、インタビューの実施運用や分析の目的から、調査担当者が現地に出張し、インタビューに立ち会うケースが多くありました(この意味では、定量調査であっても会場調査(CLT)などは同様です)。

それに加え、調査担当者が現地に行くことは、調査を実施するエリアの様々な情報・発見を付帯的に得られる機会でもあります。
例えば、ある国の都市で住宅設備関連の家庭訪問インタビュー調査を行う場合、移動中にその都市の住宅の様子を観察したり、現地のホームセンター等の小売店に立ち寄って住宅設備関連商品を見たりといった行動を通じて、家庭訪問時以外にも様々なイメージや気づきが得られます。また、季節にもよりますが、数日程度でもその土地の気候・天候を体感すると、空調や日当たりなどについて語る回答者のリアリティもさらに理解しやすくなることもあります。

現地の背景情報は、第2回でご紹介した二次データ等でもわかることがありますし、現地での限られた滞在期間や訪問場所で見た一部のものから、現地の全てを理解したかのように安易に一般化してしまうことは慎まなければいけません。それでも、現地で体感できる情報や感覚、気づきなどは、調査結果の解釈に対しても有用な知見をもたらしてくれることが多くあります。

2. 新型コロナの状況下で変化した定性調査の方法~オンライン化によるメリットとデメリット~


しかし、新型コロナの拡大によって、グローバルでの定性調査は2つの問題に直面しました。
1つは、感染防止の観点から、インタビュー会場で対象者から対面で話を聞くことや、お宅へ訪問するといった従来のような調査方法が困難になったことです。これは日本国内での調査でも同様ですが、もう1つ、グローバル調査特有の問題があります。それは、仮に調査対象国内で現地スタッフやモデレーター(司会者)と調査対象者が対面で調査を実施できたとしても、調査を依頼したクライアントや主体となる調査会社の担当者は日本にいるため、現地に出張して同席することが難しくなってしまったことです。

これらの問題から、グローバル定性調査(特にインタビュー調査)の方法は、変更を余儀なくされました。
打開策としては、オンライン化ということになります。多くのビジネスの打ち合わせやセミナー等がZoom等のオンライン会議システムで行われるようになりましたが、インタビュー調査も同様にオンラインで行う形式です。下図のような仕組みで行われるのが一般的です。

図:グローバル調査でのオンライン・インタビュー方法の一例

筆者が海外現場で定性調査に立ち会ったのも、現在(2022年4月)時点では2020年初頭が最後で、それ以降はオンラインでの立ち会いです。
定性調査のオンライン化については、新型コロナ状況下でも定性調査を実施できるほかに、移動等の時間の節約や負担の軽減などのメリットがあります。一方で、前節でご紹介したような、現地の消費者を取り巻く環境の理解や発見の機会が失われてしまう等のデメリットがあります。ほかにも調査運用においての変化があり、下表がその例です。

表:インタビュー調査のオンライン化に伴うメリット・デメリットの例

3. グローバル調査の今後

(1)調査ツールやプラットフォームの進化と多様化

インターネットを利用したマーケティング・リサーチは、1990年代を出発点として、定量調査を中心に急速に普及していきました。定性調査においては、従来形式のインタビュー調査や観察調査が中心でしたが、いわゆる「コロナ前」の2010年代頃から、オンライン・プラットフォームを活用した方法も用いられています。

一例として、MROC(Market Research Online Communities、エムロック)があります。オンライン掲示板のようなシステムで、一定期間にわたって回答者に意見などを記入してもらう調査です。一般的なインタビューは1回だけの特定の日時の調査ですが、それでは得られない情報(商品の試用前・試用期間中・試用後にわたる意見や、番組を継続視聴して各回の評価を都度尋ねるなど)を得ることもできます。
また逆に、リアルタイムにチャット形式で回答者から意見を集めていくオンラインのライブ形式調査もあります。指定日時に参加してもらい、SNSのような感覚で回答してもらうことができます。アンケートのように選択肢を設けて質問することもできるため、即時性が必要な調査や、本格的に定量調査・定性調査を行う前の予備調査などにも有効です。

図:チャット形式調査のイメージ(日本語での例)

これらの調査方法自体は、グローバル調査特有のものではありません。ただし、グローバル調査という観点からは、定性的な回答、すなわち言葉による回答を多く得られることで、背後にある理由や判断基準などがわかるということが重要です。

今後のグローバル調査においては、様々なツール・プラットフォームが進化・浸透することで、これまで以上に調査目的やコストに応じてより適した方法を選択したり、複数の方法を組み合わせたりすることが可能になります。逆に言えば、適切な方法をきちんと選択して運用していく知見が求められます。

(2)リサーチ領域の役割と意義を改めて見直す

上記の話は、定性調査のみならず、定量調査や、消費者調査以外のマーケティングデータ(売上データ、サイトアクセスデータ、各種の二次データなど)など、マーケティング・リサーチ領域全体に関わると言えます。
ヨーロッパ世論・市場調査協会(ESOMAR)が、2020年の業界統計から、従来の(狭義の)市場調査業から「インサイト産業」へと業界領域を再定義したことは、その端的な表れの一つと言えるでしょう。
特にグローバル調査では、市場そのものの理解からスタートすることも多いため、より様々なレベル感のデータを扱ったり、それぞれのデータの前提となる文脈を読み解いたりした上で、マーケティング課題を解決していくことが今後ますます重要になっていくと考えられます。

また、グローバル調査の対象地域や扱う内容も広がっていくと考えられます。日本企業はこれまで、東・東南アジアの主要国や、北米、ヨーロッパ市場などでは比較的多く調査をしてきましたが、アジアの新興国や中南米、アフリカ市場などでの調査ニーズも増えつつあります。
同時に、世界の様々な地域でそれぞれの法規制なども時代と共に変わり(欧州のGDPR、中国の個人情報保護法など)、それに合わせた個人データ等の取り扱いに関する対応なども実務上重要です。

その一方で、マーケティング課題に対して、有用なデータの取得とその解釈を基に応えていくという調査の根本の目的は、本質的に変わらない点であると言えます。その「データ取得と解釈」について、グローバル調査ならではの特徴や留意点を、これまでの各回の記事でご紹介してきました。こうしたポイントを押さえることで、海外事業における意思決定の質もより高くなっていくことが期待されます。

4. おわりに

グローバル調査を知る旅として全6回にて連載してきました「グローバル調査で注意したいポイント」も、これで完結です。
限られた内容ではありましたが、これからグローバル調査を企画・実施される予定の企業等の皆様や、これまで実施してきたグローバル調査の方法や注意点などを見直されたい企業等の皆様などに、わずかでもご参考になるところがありましたら、筆者としてとても嬉しく思います。

また、今後マクロミルでは、グローバル調査の基礎に関するオンラインセミナーの開催や、グローバル調査に関連する情報発信を継続していきますので、引き続きチェックいただければ幸いです。

[参考文献]
・一ノ瀬裕幸「『市場調査業界』から『インサイト産業』への転換 ESOMAR統計の業域再定義と日本の課題」.
・岸川茂(編著), 2021, 『この1冊ですべてわかる オンライン定量・定性調査の基本』(日本実業出版社).

この記事を書いた人

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