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日々のちいさな困りごとに寄り添う。新しい「非常食」のカタチ【石井食品】

互いに信頼し合える間柄であるからこそ、営利関係を超え、未来の可能性を共創できる。そう信じるわたしたちは、「恋に落ちるくらい好きになった相手と仕事をする」ことを大切にしてきました。

共に未来を創っていくパートナーでもある団体や企業の方々を紹介する本企画、『わたしたちが恋に落ちた、あの人』。社会課題解決の現場で挑戦されている皆さんの想いや葛藤、そして弊社とどんなコラボレーションが生まれたのか、対談を通じてお届けしていきます。

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今回取り上げるのは、老舗食品メーカー石井食品株式会社(以下、石井食品)と開発した、日常のちいさな困りごとにも寄り添う新しいおかゆ『potayu(ぽたーゆ)』です。今回の対談では、出会いのきっかけや『potayu』開発までの経緯、これからの展望を伺います。

お越しいただいたのは、石井食品代表取締役社長の石井智康さん。プロジェクトの全体進行を担当したmorning after cutting my hair代表の田中美咲、morning after cuttin my hair でコピーライティングなどを担当した中西須瑞化が対談相手をつとめます。

/// LOVERS ///石井食品株式会社
1946年千葉県船橋市にて佃煮製造を開始し、真空包装品・煮豆小袋を発売。その後1970年には業界初の調理済みハンバーグ 『チキンハンバーグ』 を発売。1974年には『イシイのおべんとクン ミートボール』でおなじみの『ミートボール』を発売。素材本来のおいしさを最大限に引き出すため、「無添加調理」に取り組んでおり、味や色そして食感など素材のもつ本来の力を活かす調理と技術・本物のおいしさの追究を行っている。
(WEB:https://www.ishiifood.co.jp/

「非常食は本当に喜ばれているのか」被災地の声を聞くため、熊本へ

——今回morningとのコラボレーションが生まれたきっかけを教えてください。当時、石井食品ではどのような課題意識を持っていたのでしょうか。

石井智康さん(以下、敬称略):石井食品株式会社(以下、石井食品)は、戦後に祖父が興した、創業77年の歴史がある企業です。佃煮製造から始まり、業界初の調理済みハンバーグ発売や無添加調理に挑戦し、お客様に安心安全な食を届け続けてきました。

その時代ごとの「食にまつわる社会課題」に対して、常に実験的なチャレンジを重ねてビジネスを発展させてきた。そういった意味で、私は石井食品を“食の実験企業”と捉えています。現在はより「個に寄り添う食」に向き合うために、アレルギー対応や、地域農家の方々と食卓を繋げていく取り組みに挑戦しています。

そうした中で、非常食の販売においては課題意識を抱いていました。我々は、東日本大震災で非常食の必要性を感じ、さまざまな技術を活用した非常食販売を行ってきました。ただ、官公庁の備蓄品として認められるためには保存期限やカロリー、生産規模も細かく規格が決まっています。そうなると、供給側の都合としては「規格に合うものをいかに安く大量に作るか」の勝負になる。弊社の「安心安全で美味しく、お客様に喜んでいただけるものを」というポリシーとズレが生じてきてしまっていたんです。そう感じていたとき、たまたま当時美咲さんが活動していた一般社団法人防災ガールの存在を知って。

石井食品代表取締役社長 石井智康さん

田中美咲:最初に石井さんと出会ったのは、熊本地震から約1年後の2017年頃です。石井食品は私たちも昔から馴染みの深い歴史ある企業。社長がどんな方かドキドキしていたのですが、お会いしてみるととても気さくで、年齢や性別にかかわらず相手を尊重してくださる方でした。数回打ち合わせを重ねるうち、トントン拍子で「熊本へのヒアリング合宿」をすることが決まったんです。

——なぜ熊本に行くことになったのでしょうか。

智康:本当に被災された方々が非常食を喜んで食べてくれているのか、知りたかったからです。美咲さんたちと話をするうちに、現地に足を運んで対話してみるのがいいだろうと。ずっと防災や災害支援を行ってきた当事者に近い立場のお二人と一緒なら大丈夫だろうという安心感もありました。

中西須瑞化:私たちも防災ガールの取り組みをする中で、現場を見ずに物事が決定されていく様子に違和感を抱いていたタイミングでした。また、熊本に定期訪問して街の変化を目の当たりにしていた中で、訪問するにはちょうどいい時期だとも思いました。まだ地震の記憶は新しいけれど、少しずつ復興へ向かおうとしているし、私たちも被災された方々と濃い関係性を持てていると感じていたからです。
とはいえ、ヒアリングは被災された皆さんに負担をかける恐れもある。それでも大丈夫だと思えたのは、石井食品さんだったからだと思っています。出会ってまもない頃でしたが、ものづくりへの真摯な姿勢を見て、きっと誠実に対話をしてくれるはずという信頼があったんですよね。

「災い」とは、日々のちいさな幸せを阻むもの

——熊本でのヒアリングはどのように進め、どんな声が集まったのでしょうか。

智康:3泊4日のスケジュールで、morningにご縁を繋いでいただき色々な団体を訪問して。発災時の状況や、どんな物を食べていたかなどを詳しく聞いていきました。そこで一番衝撃だったのは、被災された方々に非常食がほぼ食べられていなかったということ。当時はコンビニやホテルが食糧を開放していたとか、業者がバーベーキューキットを貸し出していたとか……。私たちが全く知らなかったリアルな状況を聞いて、愕然としましたね。

須瑞化:心理的なハードルもあったようです。自然災害という明らかな非常事態に直面していたとしても、大きな余震も続いている中でいつが本当の“非常時”にあたるのかわからず手が出しづらい。あとは、普段食べ慣れていないから体調への影響を心配したり、“非常”というワードを見るだけで逆に気分が落ち込んだり。とても生々しい現場の声を聞くことができました。

美咲:非常食がほとんど食べられていない。私たちが想定していなかった現実を序盤で突きつけられ、「それならば本当に食べたいと思える非常食を私たちが作らないと」と使命感を覚えたんです。そこからは「どんな非常食なら食べたいと思えるか」といった質問にヒアリングの方向性を変え、被災された方々と膝を突き合わせて対話を重ねていきました。

熊本での現地ヒアリングの様子。さまざまな場所や施設を巡ってお話を伺った。

——熊本でのヒアリングを経て、本プロジェクトが始動したのですね。そこから『potayu』の開発をどのように進めていったのか、教えてください。

美咲:熊本地震で被災された方とお話ししてアイディアが生まれた商品だからこそ、プロジェクトにはなるべく熊本に縁のある方に関わってもらおうと決めていました。パッケージやコンセプトメイキングに関わるデザイナーは、熊本で支援活動もされている一般社団法人BRIDGE KUMAMOTO代表の佐藤かつあきさん(以下、かつあきさん)に。食材も、できるだけ熊本のものを使おうと考えました。

そこからは、商品のコンセプトを考えていきました。被災地で聞いた、非常食が食べられていない現実。では、本当に被災された方に喜んでもらえる非常食は何なのか。そのヒントを探すためには、まず「災害」や「災い」の定義から捉え直す必要があると思いました。

私たちが考えた「災い」とは、自然災害だけではなく「日々のちいさな幸せを阻むもの」でした。日々仕事や家事、育児で疲れている人が、食べることでほっと一息つく瞬間を彩る存在になりたい。そう思い、パッケージ等のクリエイティブに「非常食」というワードを使わないとか、日常に溶け込むようなパッケージにしようと考えたんです。

須瑞化:デザイナーのかつあきさん自身も被災経験があり、熊本でデザインを基軸にした復興支援活動もされているので、当事者としての目線もデザインに落とし込んでいただける。でもその一方で、クリエイティブの力を過信しすぎず、どこか俯瞰している絶妙なバランス感覚の持ち主で。
そんなかつあきさんとの議論の中で、ポップすぎず、かといって寄り添いすぎないクリエイティブが必要だという話になりました。地震発生から少し時間が経って、現場も徐々に復興へと気持ちが向かっているフェーズでもあったので、「被災者を被災者のままにしない」という姿勢が大事だというディスカッションをしました。

morning after cutting my hair 中西須瑞化

「こうあるべき」を打ち破る、新しい「非常食」のカタチ

——『potayu』は今までにない新しい非常食ですよね。定められた規格がたくさんある中での商品開発は大変だったのではないでしょうか。

智康:先ほどもお話ししたように、官公庁に備蓄品として認められるためには保存期限やカロリーなど、満たすべき規格がたくさんあります。ただ熊本でヒアリングを行う中で、それらの規格を重視する必要があるのか、疑問が湧きました。例えばカロリーの面では、ストレス負荷が高い震災後の身体で高カロリーの食べ物を消化しづらいですよね。

5年保存期限があったとしても、いざ震災が発生したらどこに仕舞ったか分からなくなっていたり、ガラスが散乱する中で取り出せなかったり。「いざ」というときに役に立たないなら、そんな基準にとらわれても意味がないと思いました。

これまで「非常食」という枠組みの中で従っていた基準や既成概念を取っ払って考えるよう切り替えたことで、柔軟なアイディアが生まれたと思っています。ただ今回の『potayu』開発にあたって、特殊な技術は使っていないんです。既存の枠組みにとらわれないアイディアであっても、弊社が70年超の歴史で培った保存技術や、弊社の調理過程での無添加調理などのノウハウをフルに活用したからこそ、比較的スピーディーに商品化を実現できました。

日常の困りごとに寄り添い、小さな幸せをささえる新しい非常食『potayu』

——『potayu』は、石井食品が持つ技術やノウハウに、斬新なアイディアが掛け合わさって誕生したんですね。

智康:そうなんです。例えば技術面では、保存性を高めるために熱を加えると、どうしても彩りが失われてしまいます。熱を加えても、封を開けた瞬間に食欲が湧く色合いにできるか。これは石井食品が持つ技術を駆使したからこそできたと思っています。

美咲:あとは、使用シーンや生活スタイルをイメージすることにはものすごくこだわりました。私たちは、日常生活の中で疲れた人を癒す商品を作りたかった。だからこそ、封を開けてパッと食べられる手軽さが必要でした。パッケージは底が広がるデザインにしたことで、器に移さなくてもすぐ食べられるようにしました。

また中身に関しては、食べ応えも考慮しつつ、栄養価や味のバランスも考えて試行錯誤を繰り返しました。それに、疲れて帰った場面を想像したら少しでも手間を省きたいですよね。味を保つために玄米がゆとポタージュスープを別添にするアイディアが出たときには、「絶対違う!」と断固として意見を譲りませんでした(笑)。そのあと「おかゆとポタージュを一緒にする」と結論が出たのは、終業時間ギリギリ。それでも、最後まで妥協しなくて良かったと思っています。

須瑞化:『potayu』というネーミングも、200個ほどのアイディアの中から何度も議論を重ねて決めたもの。ここでも、最後にどんでん返しが起こったりと、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきました。ネーミングにも魂がこもっているから、“我が子”のように愛しいんです。

社会に少しずつ浸透していく『potayu』の魅力

——morningは商品完成後のリリースイベントにも携わりました。イベント開催においてこだわったポイントを教えてください。

美咲:企業のヒアリングは、完成後自分たちの意見が商品にどう反映されたのか知らずに終わってしまうことも少なくありません。でも、『potayu』は熊本の皆さんと一緒に作り上げた商品。だからこそ、現地の皆さんに感謝の気持ちを伝える場を持ちたいと考えていました。
前半は熊本中のメディアをお招きして記者会見を行い、後半はカフェレストランを貸し切って『potayu』をアレンジして作ったコース料理を振る舞いました。他にもお土産として熊本の杉の木を使った特製スプーンをお渡ししたり、いかに喜んでいただけるか考え抜きましたね。

熊本・上通『good deal cafe』で開催された『potayu』リリースイベント

須瑞化:『potayu』に関わってくれた方々が集まってくれて、「思っていた以上に美味しい!」「大切な人に食べてもらいたい」など、嬉しいコメントをたくさんいただきました。また、被災後に離ればなれになってしまっていた方々が、イベントで久しぶりに再会した姿も。石井食品の社員さん、メディア関係者、そして被災地の皆さん。それぞれが『potayu』を介してつながり、笑顔になっている。そんなあたたかい場を持つことができて、私たちも嬉しかったです。

——リリースイベント以外にも、『potayu』を通して手応えを感じた場面はありますか。
智康:支援物資として『potayu』を持っていってすごく喜んでいただけたときは、大きな手応えを感じますね。最近では有名輸入食品専門店などでも扱ってもらえるなど、『potayu』の魅力がじわじわと広がっている気がします。

また『potayu』をきっかけに、新たなコラボレーションも生まれました。有名シェフの監修で生まれたアレンジ商品『potayu chef(ぽたーゆ シェフ)』シリーズは、売上の一部をNPO法人キープ・ママ・スマイリングに寄付し、病気の子供を持つお母さんたちを支援しています。

先ほど美咲さんが話してくれたように、「災い」を「日々のちいさな幸せを阻むもの」と定義するなら、「産後ケア」などにも活用していただけるんじゃないかと思っていて。『potayu』のコンセプトが徐々に社会に浸透していけばいいですね。

米澤シェフ監修『potayu chef(ぽたーゆ シェフ)』シリーズのひとつ、トマト味

本当に良いものを作るためには、“頑固”であれ

——改めて、今回の取り組みを振り返って感じたことを教えてください。

智康:今回『potayu』のプロジェクトの開発をする中で、morningの皆さんのブレない芯の強さを感じました。それは決して私利私欲のためではなく、本気で社会課題に向き合うからこその信念や想いの強さだと思っていて。
一般的にビジネスシーンでプロジェクトを進めようとすると、締め切りに遅れることやメンバー同士の摩擦や軋轢を避けて、なんとなく“ちょうどいい”落としどころを見つけようとしてしまう人が少なくありません。そんな中で、morningのお二人は最後まで妥協しなかったんです。

本当に良いものを作るためには、妥協をしてはならないんだと今回改めて痛感しました。それは、私自身にとっても、弊社のメンバーにとっても、今後より良いものづくりをする上で指針になるような豊かな体験ができたんじゃないかと思っています。スケジュールが迫っている中で「これじゃ全然ダメです!」と言われたときは正直少し焦りましたけどね(笑)。

単なる受発注の関係ではなく、お互いのカルチャーや持っている強みを尊重しながら信頼関係を持って仕事ができたのも、morningだからだと思っています。

美咲:今のお話を聞いて、頑固で良かったなって(笑)。私たちは細部までものすごくこだわるし、妥協できない性格。私たちの仕事のやり方を非効率だと敬遠するクライアントさんもいるかもしれません。石井食品の皆さんは受け入れてくださって、こうやって一緒に良いものが作れて本当に嬉しかったです。

のやり方を非効率だと敬遠するクライアントさんもいるかもしれません。石井食品の皆さんは受け入れてくださって、こうやって一緒に良いものが作れて本当に嬉しかったです。

morning after cutting my hair 田中美咲

須瑞化:実は、私がネーミングを担当したのは『potayu』が初めて。丹精込めた“我が子”のような存在が、多くの人に『potayu』の名で愛されて、自分たちの手を離れて店頭に並んでいるのを見ると、改めてものづくりの奥深さに感慨深くなるんです。そんな個人的にも貴重な経験を、心から信頼できる石井食品の皆さんと共にできたのは嬉しいです。

——最後に、今後の展望をお聞かせください。
智康:今回、『potayu』をきっかけに、石井食品としても新たなビジネスの可能性を感じていて。既成概念にとらわれない、新しいスタイルの非常食を生み出す道筋ができたと思っています。

そういった文脈で、今後の展開としては二つの方向性を考えています。一つは、『potayu』のように常温で長期保存が可能で、封を開けたらすぐに食べられる「常温品」という新たなカテゴリーの商品を生み出していくこと。これまで弊社の主力商品であったミートボールやハンバーグも、「常温品」としてパワーアップしているんですよ。また最近では、100日保存できて常温ですぐ食べられる『イシイの佰(ひゃく)にぎり』も完成し、さっそく好評の声をたくさんいただいているところです。

もう一つ今後に向けて取り組んでいるのは、「材料の地域食材化」。自治体と連携し、地域の農産物を活用した非常食を開発しています。地元で採れた新鮮な野菜を使えば地域の方々にも親近感を持ってもらえるし、小学校で展開すれば地域について学ぶことができる。パッケージ化して取り入れてもらえるよう、さまざまな自治体に提案しています。これからも食の社会課題を解決するために、“実験企業”として前例のないチャレンジを続けていきたいですね。

オンライン対談の様子 (画面左上:田中、右上:智康さん、下:中西)

ご出演
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(取材・執筆:安心院彩、編集:中西須瑞化)

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