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殺し屋に追われた男の話
1997年に起きた話です。
これから話すことは、1997年、当時、私が勤めていたとある地方営業所において、実際にあった奇妙な出来事です。いままで敢えて活字にしてきませんでしたが、かれこれ20年近く経ったことでもあるし、今回は時効ということで、特別にお話したいと思います。
殺し屋に追われた男
その営業所は、新幹線の「のぞみ」も停まる7大都市のうちのひとつの大きな地方都市にあり、駅から徒歩3分というひじょうに便利な立地にオフィスを構えていました。しかしながら「未来ビル(仮名)」というビルの名前に反して建物はひじょうに古く、壁には亀裂が走り、明らかに雨漏りの跡と思われるシミが目立つ、老朽化著しい建物でした。
入居者の多くは、我々のオフィスと同様、本社が別にある営業所や出張所のような事務所であったり、そのほか中小の企業など、大半は一般企業のオフィスとして使われていました。したがって行き交う人の多くは普通のサラリーマンだったり、パートの事務員さんです。ただ、地下には飲食店や雀荘、上階には歯医者や旅行代理店等も入居していたため、基本的に入ろうと思えば誰でも自由に出入りできる、いわゆる雑居ビルそのものでした。
たしか9階建てだったと記憶していますが、2階にあった営業所は、窓を開けて清々しい気分になろうにも、隣がビルの壁だし、表は交通量の激しい道路で排気ガスが蔓延してるし、窓を開けたとしても、目的に対する大きな効果は得られませんでした。さらに、夕方になると地下のラーメン屋からスープを煮つめる匂いが漂ってきて、その臭い匂いが苦手だった私にとって、窓を開けること自体が、清々しさを得ることと反対の効果をもたらしたものです。
雑居ビルの性質上、オフィスの鍵は所員全員が携帯し、入出の管理は所員自らが行なっていました。つまり最初に出勤する人が営業所の入口の扉を解錠し、最後に営業所を退勤する人が施錠するわけです。オフィスに誰も居ないときは、鍵が掛かっているわけですね。本社勤務の人にはイメージし難いかと思いますが、自分の家だと思ってもらえれば、解かり易いかと思います。数人の事務所とはそんなもんです。当時はSECOMなんてものも設置されていませんでしたし..。(20年以上前の話です)
それでも19時を過ぎると建物1階の玄関は閉まり、それ以降は裏口の守衛室の前を通って出入りしなければならなくなります。もちろん、守衛室といっても名ばかりで、別に受付をするわけでもなく、見知らぬ人が入ったところで誰も気がつきません。しかし、さすがに23時00分を過ぎてビル内に誰もいないことが確認されると、その裏口も閉じられることになります。そして裏口を閉じられた後、守衛さん自身も守衛室で布団を敷いて就寝してしまうため、一旦閉じられてしまうと関係者であっても緊急時を除き、朝まで一切ビルに入ることはできなくなります。ただ唯一、地下1階だけが、雀荘と飲食店があるために、外からは入れないけど中から出ることができる「秘密の扉」があったのです。この扉を知っている人は、ビルの関係者の中でも少なかったと思います。
それでは、「未来ビル」の予備知識が得られたところで、本題に入りたいと思います。
ある夏の夜、独りで遅くまで営業所で残業をしていた私は、連日の過密労働によって、効率の上がらなくなっていたデスクワークを一時中断し、応接用のソファーで仮眠をとることにしました。
およそ30分ほどソファーに横たわり、うとうとと眠りに就こうかという頃、ふと、入口の扉が少し開いた気配を感じました。
「こんな時間に誰か来たのかな?」
と、目を開けて扉の方を見ると、ひと目で近眼とわかるような分厚いレンズの黒縁のメガネをかけた、50歳くらいの無精髭を生やした小太りの見知らぬ男が、扉の隙間から顔を出して中の様子を窺っているのがわかりました。そして彼の世代ではお洒落でカッコイイと言われていた「JPS(ジョン・プレイヤー・スペシャル)」の刺繍が施された帽子を、ツバをカッコよく丸めた状態で被っていたのが印象的でした。
私は半分寝ぼけながらも、咄嗟に「何か御用ですか?」と尋ねると、誰もいないと思っていたのか、私の声に驚いた男は、慌てた感じでこう言ったのです。
「あっあぁぁ~! い、いま、殺し屋に追われているんです!かくまってもらえませんか?!」
今となっては、これが標準語だったのか地方訛りだったのか記憶は定かではありませんが、確かに彼は「殺し屋に追われている」という内容のことを喋っていました。
映画や小説、漫画等で「殺し屋」はしばしば登場し、私も大よそのイメージは持っていますが、当然のことながら普段の生活において、今までに「殺し屋」に会ったことは一度も無く、その言葉の響きすらかなり非現実的なものです。そこへきて、その「殺し屋」に追われている男が、今まさに、私の目の前に現れて、助けて欲しいと言っているわけで、本来なら「えっ?何言ってるんですか?ふざけないでください。」と切り返すのが普通だと思いますが、どういうわけか、このときの私の対応は、寝起きだったせいもあり、
「それは大変だ!こちらへどうぞ!」
と、詳しい状況説明も聞かずに、デスクのちょうど裏手にある販促物やサンプルの棚が並ぶ部屋の、さらに奥の方にある所員のロッカーの陰に、素早く導いたのです。
「ここなら安全です!」と伝えるも、「いやいや、ここじゃまだ危険だから、このロッカーの中に入りたい!」と、その男はブルブル震えながら、そう訴えてきました。
たまたま1つ空いてるロッカーがあったので、「別にロッカーの中に入るのは構わないけど、その体型でこの細いロッカーは無理なんじゃ...」と言い終わるか終わらないかのうちに、彼はもうロッカーの中に入ろうとしていました。中学校のときにいたずらで掃除用具のロッカーの中に隠れたことがありますが、あんな広いもんじゃなく、スーツを3着も掛けたらいっぱいになるような、本当に細いロッカーです。
結局、根性でなんとか入ることはできましたが、それはもう見るからに苦しそうな体勢でした。じっとしているだけでも荒い息遣いが漏れるほど苦しそうでした。そしてその苦しそうな体勢で、さすがにそれを持ったままではロッカーが閉まらないと思ったのか、さっきまで手にしていたバッグを私に手渡し、こう言いました。
「ひとつあなたにお願いがあります。殺し屋がこのバッグを狙っているので、絶対に渡さないで欲しい。そして、仮にワシが殺されたとしても、そのバッグはいずれ仲間が取りに来るので、それまで預かっていて欲しい。」...と。
「わかりました。」
すでに2つ目のお願いでしたが、そこは突っ込まず、私は快諾しました。今思えば、中に何が入っているかも確認せずに、不用意に預かってしまうのもどうかと思いますが、このときはもう、殺し屋から彼を助けてあげる正義感でいっぱいで、何の疑いも持ちませんでした。ただ、中身については、拳銃かヘロインのような危険なものか、世界中に散らばっているCIA工作員のデータが入ったメモリ装置か、現金のいずれかだろう..と、勝手に妄想を膨らませてドキドキしたのを憶えています。
バッグを預かった私は、デスクに戻り、まずそのバッグを足元に隠しました。その後、何気ない顔で仕事の続きを開始したわけですが、このあと殺し屋が押し掛けてくるかもしれないというのに、普通に仕事に復帰している自分の冷静さに、第三者的視点で感心したものです。
それから1時間ほど経過しましたが、殺し屋はおろか、警備の巡回すらなく、何も起こらないことに拍子抜けしていたところ、ロッカー方面から何やら苦しそうに唸る声が聞こえてきました。気になったので見に行ってみると、さきほど自らロッカーに入り込んだ殺し屋に追われている男が、さすがに苦しくて、もう居られないので出して欲しい..というギブアップ宣言を持ち掛けてきました。
私としても、実はそろそろ帰りたい時間にもなってきたので、これに賛成し、「もう1時間も経ったことだし、殺し屋も諦めたんじゃないですか?」と、外に逃げることを提案しました。しかし男は「いや、外の出口は見張られているので、危険には変わりない!」と頑なに拒否し、なかなか提案を受け入れません。ならば、守衛室の前の裏口から出るのではなく、地下の飲食店街から通じる「秘密の出口」があるので、そこから出れば誰にも気付かれないだろうと説明したところ、彼はこの提案を受け入れ、私がその出口まで誘導しながら、ビルの外へ逃げ出すことになったのです。
「さぁ、これから脱出ですね。うまく逃げ切れることを祈ります。」
私は預かったバッグを彼に返し、営業所の入口の扉をそ~っと開け、どうしても目立ってしまうメインのエレベーターと階段を避け、トイレ横の裏の搬入用の小さいエレベーターまで、誰もいないことを確認しながら、少しずつ2人で進みました。まるで24(トゥエンティ―フォー)のジャック・バウアーが敵のアジトに部下と2人で侵入するかのように、壁から壁へ張り付くように歩を進めたものです。そしてようやく、搬入用エレベーターまで辿り着きました。
「あとは地下に下るだけです。」(男は黙って頷く)
エレベーターに乗ったものの、もしかしたら、地下に着いたエレベーターの扉が開いたら、そこに殺し屋がいるかもしれないという緊張の中、扉が開いてもすぐには外へ出ずに、30秒ほど様子を窺ってエレベーターの外を確認したところ、周囲に人の気配はなかったので、
「今がチャンスです!」
と、男を地下の暗い通路から「秘密の出口」まで誘導し、扉に向かう狭くて急な階段を二人で上り、扉のノブを掴む彼に向かって私はこう言いました。
「さてと、私のお手伝いはここまでですね。ここから先はあなた次第です。うまく逃げ切れることを祈ってます。」
(GOOD LUCK!ポーズで気取って、別れを惜しむかのように見送る私)
すると彼は会釈だけで言葉は発せず、暗い地下の扉から走り出し、街の灯かりの中に溶け込んで行きました。
「あ~良いことをしたなぁ。それにしてもなかなかスリリングな体験で、面白かった。このことを明日、所長に報告しよう!」
と、独り言を言いながら、地下からオフィスに戻り、そのあとすぐに営業所を施錠して、いつものとおり、守衛室横の裏口から出ようとすると、なにやら外がやけに騒がしいことに気が付きました。よく見るとパトカーが数台停まっていて、制服警官や刑事風の人が何人もいて、現場検証らしきことが行なわれていました。
すると守衛さんがやってきたので、理由を聞いてみました。
「マチュピチュピチュさん、お帰りですか?遅くまでご苦労様です。」
「いやぁ、ちょっと人助けとかしてて、色々と忙しかったものですから。」
「あ~そうですか。それは良いことをしましたね。」
「ところで、外が騒がしいようですが、何かあったんですか?」
「いや~、なんでも警察の人の話によると、隣のビルに泥棒が入ったようで、その犯人がこの未来ビルの中に逃げ込んだのを見た人がいるんですって。それでこの周辺を捜索してるみたいです。」
「えっ?泥棒?」
「そう、なんでも50歳くらいのメガネをかけた中年の小太りの男性いうことです。作業服風の服装に帽子をかぶっていたそうです。マチュピチュピチュさん、見かけませんでしたか?」
「50歳・メガネ・小太り・帽子・・・???」
(「あーーーーーーっ!!!」)
「どうかしました?」
「い、いやぁ~??? み、見てないです! も、もちろん、見るわけないじゃないですか!ずっと部屋に居ましたから...じゃ、僕、帰りますね。」(そそくさ)
「じゃ、気をつけて!お疲れ様でした。」
「・・・・。」(逃げるように小走りで立ち去る私)
駅までの帰り道、「ひょっとして、オレ、泥棒の逃亡を補助しちゃったんじゃないかな~..?」「あいつ、殺し屋なんかに追われてたんじゃじゃなくて、警察に追われてたんだよ、きっと..それなら辻褄も合うし、だいたいあのバッグだって拳銃やヘロインなんかじゃなくて、隣のビルから盗んだ何か金目のものなんだろうなぁ~..。」
考えれば考えるほど、「殺し屋に追われた男=泥棒」説は信憑性が増して来て、知らなかったとはいえ、その逃亡を手助けした私の有罪説も有力となってきました。
「だいたい殺し屋なんかいるわけないし、それに追われる男なんてもっといるわけないし、なんでオレ、そんなに親切にしちゃったんだろう。というか、もし本当に殺し屋が来ちゃったら、オレ、どうするつもりだったんだろう?」
改めて自分の勇敢さに驚きつつも、こんな夢のような話を警察に話しても信じてもらえるわけもなく、捜査がややこしくなってもいけないという理由で、今日のところは黙って帰ることにしたのです。
そのままその夜は誰に話すこともなく、眠りに就きました。
翌日、とりあえず昨日のことが夢だったのかどうかも確認する意味で、営業所のみんなに話したところ...「またまた~どうせ夢でも見たんでしょ。もう作り話は勘弁してくださいよ~!」と、誰も信じてくれなかったのです。
みんなにそう言われると、なんとなく私も自信がなくなってきて、「やっぱり夢だったのかなぁ?」と、事務所の裏の販促倉庫の奥のロッカーに歩いていくと、なんと、ロッカーの足元には、あの殺し屋に追われた男が被っていたJPS(ジョン・プレイヤー・スペシャル)が刺繍された帽子が落ちていたのでした。
というわけで、皆さんはこの話、本当にあったことだと思いますか?多少読み易くするために、若干の脚色は加えていますが、大筋は事実の話です。どうか信じてください。
もちろん、信じるか信じないかは、あなた次第です。
※2012年に自主出版本に載せた作品ですが、ntoeに載せるために固有名詞等を一部修正しています。
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