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「隣組あそび」考

 今日も今日とて、自粛警察の活動が盛んだ。コロナウイルス禍に伴う緊急事態宣言も、大方の予想通り期限延長が決定し、この不寛容なムードはさらに加速をしていくことだろう。もはや必要な自粛や行動変容の範囲を越えての相互監視的な社会の空気は、戦時中に組織された「隣組」もかくや、というところにまできているのかもしれない。じっさい、既にここに言及した論も出始めている。

君は、「隣組あそび」を知ってるかい?

 もちろん私はその当時に生きていたわけではないので、隣組というものがいかに苛烈で陰湿であったかを身をもって知るすべはないのだが、すでに他界している祖父母の世代から当時のことを聞き及んではおり、人によっては隣組を通じての相互監視、思想統制の方が空襲よりも恐ろしかったと口にしていた。それと今日の空気の相似点を比較すると、この国・社会には今もなお〈隣組マインド〉が根強く息づいていることが感じられる。

 ところで、「隣組あそび」をご存知だろうか。本稿ではこの日本ボードゲーム史上最大・最悪の問題作の紹介を通じて、〈隣組マインド〉の陰湿さとそれが今なお息づいていることの恐ろしさと息苦しさについて改めて考えていきたいと思う。なお、本稿末においては思考実験として『隣組あそび 令和版』の翻案作成も試みてみた。

そもそも隣組とは?

 まず、隣組の概要について改めて整理しておきたい。ウィキペディアの記述を引用させてもらうと、おおよそこのようなものである。

隣組(となりぐみ)は、概ね第二次世界大戦下の日本において各集落に結成された官主導の銃後組織である。大政翼賛会の末端組織町内会の内部に形成され、戦争総動員体制を具体化したものの一つである。

要するに、戦争により慢性化する物不足を克服・支えるために緊縮と増産を図り、その実行手段としてローカルな共同体単位での相互監視による物資の捻出・市民の統制を行うために組成されたのが隣組ということである。

 隣組が制度化されたのは、1940(昭和15)年9月11日の「部落会町内会等整備要領(内務省訓令第17号)」(隣組強化法)によってであり、すでにその二年前に発布されていた国家総動員法の強化を目的としての事だが、これは日中戦争の長期化による物資調達の難易度が高まっていた時期と、アメリカ・イギリスからの干渉に対してドイツ・イタリアとの三国同盟を組織して第二次世界大戦・太平洋戦争に向かっていく時期とちょうど符合する。

娯楽・音楽を通じての「隣組」周知浸透

 この隣組による思想統制の効果は、元来の日本人の民族性と照らし合わせても覿面であり、だからこそ、後々その当事者世代から隣組の苛烈な有り様が語られるに至ったのであろう。また、隣組組織の周知浸透にあたっては、本稿の主題である「隣組あそび」のほかにも、岡本太郎の父としても知られる岡本一平の作詞による、その名もズバリ『隣組』という唱歌が作られた。以下、歌詞の著作権が既に切れているので4番まですべてを引用掲載する。

1.とんとん とんからりと 隣組
  格子を開ければ 顔馴染み
  廻して頂戴 回覧板
  知らせられたり 知らせたり
2.とんとん とんからりと 隣組
  あれこれ面倒 味噌醤油
  御飯の炊き方 垣根越し
  教えられたり 教えたり
3.とんとん とんからりと 隣組
  地震や雷 火事泥棒
  互いに役立つ 用心棒
  助けられたり 助けたり
4.とんとん とんからりと 隣組
  何軒あろうと 一所帯
  心は一つの 屋根の月
  纏まとめられたり 纏めたり

 ご覧の通りの歌詞をメロディーに乗せて周知徹底を図る手法が取られているのだが、技術的に特筆すべきは冒頭の「とんとん とんからりと 隣組♪」のフレーズが五七五調(上の句字足らず)の歌詞に、四拍子二小節の符割りの中で前半一小節を意味のない音節の反復にあて、後半一小節をまるまる使って〈隣組〉というワードを落とし込んで都合四度反復することで効率的な刷り込みを図っている点である。

 その効果の高さのほどは、この節回しが現代においても替え歌としていまだに息づいていることからも分かるのだが、実際に『隣組』の楽曲を聴いてもらえば分かる通り、

「ド・ド・ドリフの大爆笑♪」「メン・メン・メガネの良いめがね♪」は、この『隣組』のメロディーをもって、非常にキャッチーな形で我々の記憶の中に刻まれている。このことをもって、隣組浸透施策のそら恐ろしさを少しでも体感いただければと思う。

「隣組あそび」とはこういうゲーム

 隣組の周知徹底にあたって、市民の余暇への侵食の極みと言えるのが、本稿の主題である「隣組あそび」だ。この「隣組あそび」は、雑誌『主婦の友 昭和十六年新年号』の〈実用三大付録〉の一つとして収録された。このたびその現物を入手することができたので、実際にどいういうゲームだったのかを紐解いていこうと思う。

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 「隣組あそび」は、ちょうどトランプのババ抜きと同様にプレイヤーに手札を配って順番に隣のプレイヤーから札を一枚引きつつ、その札で組み合わせを作って得点をしていき、最終的に累計の得点で勝敗を競うゲームである。なお、ババ抜きにおけるジョーカーに相当する札として〈回覧板〉の札があり、この札は最後まで持っていたプレイヤーに大幅な減点を課す役割を持っている。

 実際に『主婦の友』に掲載されているあそび方の手引きを引用しつつゲームの内容を確認してみよう。まずはこのゲームの概要について。(以下、引用文は「隣組あそび」考案者・徳山タマキ〈王へんに連〉による)

この遊びはトランプや家族合はせのやうに、札を使ってしますが、常に隣組精神を忘れず公明正大に行はねばなりません。

いきなり初手からこの調子である。コンテンツの成否を決定する大きな要素として「一言でいい切れるログラインがあるかどうか」というものがあるが、「隣組あそび」は、その点においては極めて明快かつシンプルにクリアしていると言える。

 なお、この遊びは

人数は五人以上十人くらゐまでが一番よろしいが、合札を少なくすれば三四人でも、また二人組になれば二十人くらゐまで十分楽しめます。

ということで、やはり寄り合いなどの人数を強く想定していることが見て取れる。

 遊び方の手順は以下の通り。

札を裏向きにして配り終わったなら、組長の札の来た人はそれだけを表に向けて持ちます。回覧板の札の来た人は、それを組長にあげて、組長の持ち札から一枚抜きます。これで遊びの準備が整ひました。

まず最初に〈親〉を決めるところから始める、と解釈いただければわかりやすいのではないかと思う。続いて、

組長だけは終わるまで変わらず、隣組のために闇を一掃して大政を翼賛し奉る責任がありますから、闇商人の札が来たら必ず自分の前に公開して、合札が来たとき合わせます。

親の責任が大きいゲームであり、必ずしも親であることが有利に働くゲームではないということがわかる。と同時に、隣組のあり方を老若男女に余すところなく落とし込む素晴らしい説明文だと思う。もちろん、皮肉だが。

 ゲームの進行はほぼババ抜きと同じと考えてよく、

 組長が「回覧板を回します」と言ふと、組長の右隣の人から順番に「配給お願ひします」と言ひながら、左隣の人の札を引いては、二枚あった札を前へ出して得点します。初めからあってゐる札もこのとき出します。(合わせると減点になる場合も、必ず合はせて前に出します。合札は各札左上の略図と下の札一覧(註:この後画像にて掲載)参照。)これを繰返へしてゐるうちに、札のなくなった人は遊びから抜け、だんだん人数が少なくなりますが、組長は組長の札だけになってもやめず、左の人からひいては右の人に渡します。その間に前に出した闇の合札が来たら合わせて責任を負ひます。そして回覧板と組長以外の札が全部合ったとき遊びは終り、その得点を調べて多い人が勝となるのです。

ババ抜きと異なるのは、ペアを作った際に札に書かれている得点が加算もしくは減算され、最終的にその多寡によって勝敗が決定される点である。また、ジョーカーに相当する「回覧板」の札の扱いは以下の通り。

回覧板は早く隣へ廻すべきものですから、最後まで持ってゐた人は-50といふひどい減点になります。回覧板を誰が持つかに興味が集注されるわけです。

このほかに「隣組合わせ」という札の下に書かれている組み合わせを集めてその点数の多寡を競うあそび方も存在しているようだ。

札を配ったら、組長の札の来た人から順番に、自分の欲しい札を誰にでも「○○○をください。」と言ひます。もしその札があれば、「有り難う。」といって、つゞけてまた誰にでも何の札でも請求できます。請求されて、なかった場合は「お生憎さま。」と言って、請求した人の札を一枚引きます。かうして全部合ふまでつゞけるのです。

 「隣組あそび」の札の絵柄一覧は以下の通りだが、

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当時配給で統制されていた物品や隣組単位での奉仕活動などを描き、代用食であれば高得点、禁制品やそれを売りさばく闇商人はマイナス点といった形で、時の政府・軍部が定めた行動規範を周知させる作りとなっており、きわめて〈巧妙な手口〉での市民統制施策をうかがい知ることができる。

試作・「隣組あそび 令和版」

 ここからは思考実験で、〈隣組マインドの復活〉が喧伝される今日の社会を照らし合わせて「隣組あそび 令和版」を作るとしたらどういったものになるだろうということを考えてみようと思う。

 まず、オリジナル版隣組あそびにおける「組長」にあたる札をどうするかだが、ここは隣組マインドのいちばんの体現者である〈自粛警察〉殿にご登場いただこう。

〈自粛警察〉は、時の政権与党と内閣総理大臣閣下より下知された政策に対して、それが忠実に実行されるよう市民を監視・統制せねばなりませんから、世に仇す反社会的・反政府的な事象をすべからく取り締まらねばなりません。

これが「隣組あそび 令和版」の第一のルールだ。

 続いて、点数の小さな配給品の札は、コロナウイルス禍で品不足となっているティッシュやとレットペーパー、マスクなどの各種物品を割り振ろう。そして、それらに対応する「闇商人」に相当するカードは、さしずめ〈転売屋〉〈買い占め〉などと言ったところだろうか。

 その他、加点・減点量が中くらいの札には、コロナウイルス禍によって新たに導入された働き方や社会現象、あるいは現在〈自粛警察〉の取り締まり対象となっているような事象をちりばめてみる。

 最後に、マイナス50点の札について、これは〈自粛警察〉による極めて苛烈な見せしめ刑〈SNS炎上〉を配してみよう。これで、「隣組あそび 令和版」の札の構成は決まった。

 絵柄については、当代風に【いらすとや】のフリー素材を使って、実際に作ってみた絵札が、以下の通りである。

隣組あそび令和版⑤

隣組あそび令和版④

隣組あそび令和版③

隣組あそび令和版②

隣組あそび令和版①

翻案にあたって、合札については判別がしやすいように数字でもって表している。「隣組合わせ」については省略した。なお、各札の段組みや色使いについてはオリジナル版を意識してややアバウトに作ってみた。

 いやはや、実に悪趣味なゲームである。実際に令和版の翻案を試みてみて骨身に染みた。そしてこれは、とても精神衛生上よろしくない作業だったと痛感している。

 遊び方については、前述のオリジナル版「隣組あそび」と同様なので、物好きな御仁がいらっしゃったら試してみてほしい。その際は、自粛精神を忘れずに。きっと、自粛警察の薄っぺらくて安っぽい惨めな正義感と、それが作りだす陰鬱な空気感を追体験できるのではないだろうか。最悪のおうち時間の到来だ。

おわりに

 大ヒットした漫画で『遊戯王』という作品がある。高橋和希氏によって、1996年から2004年まで「週刊少年ジャンプ」にて連載され、全38巻のコミックスが発売されている日本漫画の金字塔だが、この作品の中心に描かれるのは、そのゲームに負ける、またはルールを破った者に恐ろしい「罰ゲーム」を与えていく〈闇のゲーム〉だ。

 もしもリアルに〈闇のゲーム〉が存在するとしたら、きっとそれは「隣組あそび」のようなものなのではないかな、などと考えた令和2年のこどもの日であった。

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