見出し画像

雇主に対するペナルティとしての付加金

第14回第15回第16回のコラムでは、労働審判手続申立書の書き方について、私が実際に使用した書面を書き出しながら解説してきました。続いて、立証活動の中核である申立書の「申立ての理由」欄の解説に入っていきたいと思います。

でも、その前に、今回はちょっと休憩して、これまでも何回か出てきている「付加金」について解説しておこうと思います。

付加金は、残業代を支払ってもらっていない従業員・労働者にとって、いわば「切れ味鋭い懐刀」のようなものです。確かに切れ味は鋭そう。でも、あくまで懐に入っている刀、懐から出されないかもしれない。その意味を、以下に説明していきます。

付加金は労働基準法第114条に定められています。

労働基準法第20条(解雇予告)・第26条(休業手当)・第37条(残業代、休日・深夜の割増賃金)・第39条(年次有給休暇)の四条項に定められた金額を支払わなかった雇い主(会社)に対して、裁判所は、労働者の請求に基づいて、これら未払いの金額と同一の額の支払いを命じることができます。この未払金と同一の額を「付加金」と言います。法律で定められた金額を支払わなかった雇い主(会社)に対するペナルティと言ってよいでしょう。

雇い主(会社)が四条項のいずれかを遵守せず未払金を発生させた場合、その雇い主(会社)は同未払金の倍額を支払わなければならない可能性があるということです。このコラムシリーズでは未払い残業代を請求する手順を説明していますが、これは、雇い主(会社)が労働基準法第37条(残業代、休日・深夜の割増賃金)を遵守しなかったということです。だから、付加金を請求する根拠が発生するのです。

ただし、付加金を命じることができるのは裁判所です。今回労働審判を申立てるのであって、その場合、決定(=労働審判)を下すのは裁判所というよりも労働審判委員会。「裁判所が判決を下す」のではなく、「労働審判委員会が労働審判を下す」のです。つまり、労働審判では付加金を支払えという決定(=労働審判)は出されない仕組みになっているようです。私が申立てた労働審判でも決定(=労働審判)が出されたのですが、そのなかに付加金という言葉はまったく出てきませんでした。私の労働審判の場合、想像ですが、労働審判委員会には付加金について審理したり検討したりする素振りはまったくありませんでした。実際、労働審判で付加金を命じられたという話は聞いたことがありません。

付加金の請求は、違反のあった時から二年以内にしなければならないと定められています。この二年は、「消滅時効」の期間ではなく、「除斥期間」と考えられています。除斥期間とは、簡単に言えば、ある権利が存続する期間のことです。よって、付加金について言えば、違反のあったときから二年が過ぎてしまえば、有無を言わず、付加金を請求する権利そのものが存在しないということになるのです。「除斥期間」には、「消滅時効」には存在する「中断」という概念がありません。つまり、付加金を支払ってもらうためには、理論的には、違反があった直後に民事訴訟を裁判所へ提起して、二年以内に判決を出してもらって、その中で付加金〇〇〇万円を支払えという文言を入れてもらう必要があります。なお、「消滅時効」と「除斥期間」については、別途、後のnoteにて解説したいと思います。

そういうわけで、いずれにせよ、労働審判の申立てと同時に付加金の請求をしておこうということなのです。労働審判で事件が解決しないで(労働審判に異議が申し立てられて)民事訴訟に移行した場合、労働審判手続き申立ての際に既に「付加金」を請求済となるわけです。

なお、付加金にかかる遅延損害金の算定期間は、判決に相当する「労働審判」が確定した日の翌日から支払いが完了する日までとしています。利率は民法第404条にしたがって5%です。

労働審判の申立人は、戦略次第では、付加金を有効に活用できるかもしれません。それは、こういうことです。労働審判を申立てられた相手方(会社・雇い主)は、労働審判の段階では付加金が実際に課されることはないでしょうから、安心していられます。しかし、労働審判のステージを越えて民事訴訟に移行してしまえば、付加金が本当に課される可能性がでてきて、結果的に支払う額が高くなるリスクがあるのです。つまり、相手方(会社・雇い主)としては、労働審判の段階で事件を解決した方が得策、民事訴訟に移行してしまうとリスクが大きくなるという意識が働くわけです。申立人(労働者)とすれば、進め方次第では、相手方のその意識をうまく利用しながら、労働審判での主張や金額交渉にのぞめるかもしれません。(ただし、付加金には二年の「除斥期間」が設定されていることを忘れないでください。)

申立人(労働者)が付加金をこういった心理戦で利用するのではなく、最初から付加金狙いで実利を目的とするなら、和解・調停を目的とする労働審判はベストな方法とは全く言えません。最初から民事訴訟を選択すべきです。

もっとも、裁判所は付加金を命じることができるのであって、必ず命じなければならないということではありません。労働基準法に定めがあるからと言って、付加金を絶対に勝ち取れるか、または未払い残業代の倍額をまるまる獲得できるかと言えば、それはまったくわからないのです。すべて裁判官の心証や判断によるのです。そのことはよく理解しておいてください。しかも、二年の除斥期間ありですから、本当に付加金狙いで行くなら、理論的には、未払い残業代が発生したら一刻も早く民事訴訟を提起するべきということになります。

いかがでしょうか。「切れ味鋭い懐刀」と表現する意図をご理解いただけたでしょうか。それは、申立人たる労働者は「戦略次第では、付加金を有効に活用できるかもしれない」ということです。 

労働審判手続申立書では、付加金を請求する根拠や背景を明らかにするために、未払い残業代の存在にかかわる記述だけではなく、雇い主(会社)による酷い労働慣行やパワハラ・セクハラなどの周辺事実も含めて戦略的に記載しておくとよいでしょう。これについては、後に、「労働審判手続申立書の書き方」にて解説する予定です。

次回、申立書の「申立ての理由」に入っていきたいのですが、その前にもう一つだけ、このコラムシリーズにとって極めて重要なことを説明しておかなければなりません。賃金請求権の消滅時効についてです。詳しくは第18回にて。

街中利公

本コラムは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: コラムの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本コラムで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?