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兼業農家の未来

 自分の甥に青森の大学に通う23歳の農大生がいます。彼の実家は千葉県の利根川沿いに代々続く米農家です。おじいさん、おばあさんは健在で、今でも米作りを続けています。
息子である彼のお父さんは、兼業農家として会社員と生産者の二足の草鞋を履いています。都心に通うビジネスマンです。
農大生の彼は、おじいさん、おばあさんの「大変だから継がなくていいよ」という言葉を選ばず、兼業農家として日本の未来を考えることを選択しました。

彼は、青森からでも遠隔操作で米作りの一旦を担える仕組みづくりを始めました。米作りのエキスパートのおじいさん、良き協力者であるお父さんの力も借り、田んぼの水の注排水をネットで管理。同じく各種兼業農家で生まれ育った地元の若者たちで協力し合い「日本文化を残す。兼業農家でも出来るんだ!」ということを示すためグループを作りました。今年で2年目。兼業米農家の生き残りを賭けた【IOT米】として『SUIGOU』というブランドも作りました。

【IOT米】コシヒカリ『SUIGOU』千葉県産
有機無農薬米

現在、日本の生産農家は危機的状況です。国もさることながら国民が無関心なので援助がありません。食糧自給はエネルギーと共に国の最大の政策の一つです。多くの海外の国では国政が生産農家の足りない資金を補填します。そうすることで国は自国を養う力強さを持ちます。日本に関して言えば、むしろ意図的に生産を抑えています。放っておくと直ぐに産業廃棄物の処分場、買い手の決まらないソーラーパネルなどになります。生産農地をソーラーパネルなどにし易いように国は手続きを簡略化しました。一度土地の使用目的を変えると、農地には戻せません。手続きや見た目だけでなく、土壌菌は死に絶え、砂利や建材でどうにもなりません。国家戦略として食糧自給率を上げるべく生産者を支えなくては生産者は専業としてやっていけない状況になりました。現在の日本の食糧自給率は約37%ほどと言われています。海外の圧力に押され、食糧や資材を買いまくっている日本では、肥料、種、苗、をほぼ自給していません。種無し作物も増え、意図的な企業による種の管理も見て取れます。”自分で作れる”ことを前提とするなら自給率は実質20%に満たないでしょう。面白いことに、シーレーンや海外輸入が止まった時点で日本の食糧自給率はほぼ100%となります。ある物で養うしかないため100%自前になる訳です。出来ないのに100%という矛盾が生じます。平和な時に、生産できる土地、作業する人の知識や経験、協力環境を整えておかないと数字だけの100%となります。「それじゃ、育てよう!」といきなり素人考えで行っても、土地が出来ていないと実は成りません。それどころか苗も育たない。そもそも植える種、苗、支える肥料が手に入らない。上手く手に入っても、勝手がわからない。仮に上手く出来たら獣に食べられる。腹を空かせているのは獣も同じです。山を放置しているせいで、獣は人を恐れず里に下りてきています。里の環境を整えると山の環境も整うというミツバチと作物のような連鎖が起こります。こうしたことは普段からやっていないと分からないことです。

日本の林業も壊滅的で、昭和の時代に植えられた木々は木材にするにはとっくに頃合いを逃し放置され荒れています。竹も資材として使われないため、60年に一度咲く花が咲き、いたるところで竹林が荒れています。山は朽ち果てる一方です。
実りのない山から山へ獣が渡り歩き、被害が拡大しています。林業では新たに伐採、植林を始める気配がありますが、海外の安い木材買いに頼り過ぎてきたため、扱える人が足りません。安物買いに慣れてしまうと、事の大事さより国産を売れば売るほど赤字となることの方が最大の課題となります。共通の住処である日本国を存続するには既に金で動くという状況下では立ち行かない状態となりました。有志を募り動くしかありません。

社会の流れで海外というスーパーで買い物をし、自給生産を辞めれば、生産から生まれてきた日本人の感覚と日本の文化は無くなります。既に、生産とはかけ離れた生活を多くの都市部の日本人はしているため、今でも残っている日本文化の意味を理解することが難しいのではないでしょうか。整った社会でお膳立てして与えられることに慣れきっているので「互いに生産し分け合う」という考えは一般には薄いと思われます。手前味噌のように、小さく生産し分けて楽しむことが日本人特有の「お裾分け」や「お礼をする」などの感性を生みます。

自然の中に飛ぶ、鳥、トンボ、虫、風、雨、気温の変化、植物の移り変わる姿、色、カエルの鳴く声、景色の色の変化など、五感を使う文化は、自然と関わる生活からでしか養うことができないと思います。自然は芸術です。
感覚は芸術的で、世界で賞賛される日本人の繊細さとは自然との一体感から生まれていると思います。
世界には、石の街、砂の街、乾燥した土地、熱帯雨林の土地、いろいろあります。環境に適応して人々は性質や気質を変えているのだと思います。

日本は北と南に長い世界でも稀な大きな島です。
緯度が変わるため暑い南の島もあれば、極寒の地もある。
入り組んだリアス式海岸が続き、山が国土のほとんどなため、壁となり地域に個性がある。都市とはその合間の平坦な場所に人が密集した小さな世界です。小さな世界で迷ったら、大きな自然に出たらいいと思います。

多くの日本国民のいる都市という小さな世界以外にも、国土の多くに大きな自然がまだまだ残っています。大きな自然には小さな蜂である我々が必要です。今の自然環境は蜂である我々が介入しないので荒れ果てているように思います。
去年から耕作放棄地を高齢者に変わり開墾し、景観を整え、米を作り、作物を作り、土の改善に仲間と取り組んでいます。お礼に作物を分けていただいたり、長い間に培ってきた経験や知識を分けていただいています。毎回、「ありがとう」と食事を提供していただけることは、生き物としてお付き合いできている感覚を覚えます。採れた作物をそのまま食べるだけでなく、加工することで都会でも見るようにしてあげるのが料理人経験のある自分の役割です。
都会の人は製品ぽくなることで親近感を持つことができます。

草刈り後の焼き畑 土壌を改善し害虫も駆除できる

荒れた土地では、初めは作物と雑草の区別も付かず全て同じ植物のようでした。関わっていると見分けがつくようになります。まだまだ勉強中ですが関わることで周りとの役割も少しずつ見えてきているように思います。それは都会の中でも同じことだと思います。やっていることは農地とあまり変わりません。日本の土地は大陸のように地平線の彼方までトウモロコシ畑、などの利益追求型大規模プランテーション農業には向きません。小さく個々で作り、分け与える農法が合っています。空いている土地で小さくプチ兼業農家をするといろいろわかってくるかもしれません。大きな視野で見れば小さくてもかなり役に立っているように思えます。

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