五年前のあの日から ~お題2つでショートショート その8~ 『夢』『車』
――ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……。
病室に入ると、心電図の音が小刻みに鳴っているのが聞こえてくる。
やはり息子は静かに眠っているようだ。
私は息子が眠っているベッドの横にぽつんと置いてある冷たい椅子に腰かけ、じっと息子を見つめる。
――頼む、どうかその目をあけてくれ……。
そう念じるが、息子が目を覚ます気配はない。
――五年前、私と息子は地方に旅行していた。珍しく妻は家で留守番。
初めての父と小学五年生の息子の二人旅だった。
しかし、その最中、不幸にも私と息子は交通事故にあってしまった。
原因は相手側の前方不注意。
ドンと鈍い音がして、私達の車は大きく左側に横転した。
運転席にいた私は軽傷で済んだのだが、助手席に座っていた息子はひどい重症を負った。体のいたるところに窓ガラスの破片が突き刺さり、ぶつかったときの衝撃で気を失っている。
私は何とか横転した車から脱出すると、すぐさま救急車を呼んだ。
救急車は一分ほどで来てくれたが、その一分間は今までの人生の中で最も長く感じた。
息子は長時間の手術の末、何とか一命をとりとめた。
しかし、意識が戻ることは無かった。
「意識を取り戻す可能性は、極めて低いでしょう」
その医師の言葉に、私は動揺を隠しきれなかった。
息子がもう一生目を覚まさない?
さっきまであれだけ旅行を楽しんでいた息子が?
嘘だ……嘘だと言ってくれ……。
こんなことになるのなら、旅行なんて行かなければ良かった……。
私は絶望の淵に佇んでいた。
しかし、私は諦めなかった。いや、諦めることができなかった。
その極めて低い可能性にすがり、私はその日から毎日欠かさず病院へ行って息子の様子を見に来ている。
だから今日も、私は仕事終わりに病院へと訪れているのだ。
本当なら、もう高校生なんだよな……。
静かに眠っている息子を見て思う。
――一体、息子はどんな夢をみているのだろうか……。
その夢に私は出てきているだろうか?
事故が起きた五年前から、息子はずっと夢を見続けているのだろうか?
そんなことを考えていると、自然と時間は過ぎて行き、気づけば時刻は既に夜の八時を回っていた。面会可能な時間はとうに過ぎている。
私はまずいと思い、椅子から立ち上がる。
――その時だった。
意識が朦朧とし、だんだんと視界が薄れてゆく。
――何が……起こって……。
――ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……。
何だこの音……。
あぁ、私は息子の病室で眠ってしまったのか……。
じゃあ、この音は心電図か……。
私はそう結論づけ、目を開く。
「……父さん?」
誰だ?
「父さん! 意識が戻ったんだね!」
私はその声がする方へ目を向ける。
――え……。
そこにいたのは、息子だった。
どこかの学校の制服と思わしき服を着ている。
息子はすぐさまベッドの私に飛びついてくる。
「良かった……。父さん……」
私の目から、一筋の涙がこぼれる。
――そうか、五年前のあの日からずっと夢を見ていたのは息子じゃない、私の方だったんだ……。
<了>
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