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フルーツサンドの天使、あるいは⑲

 これまで、はるかと喧嘩することなどなかった。

 少し険悪な雰囲気になることはあったが、時間が経った頃に、恋しくなって連絡をして、彼女も、何もなかったかのように対応してくれた。
僕が拗ねて連絡しない場合もあったが、その時にははるかから何気ない連絡が来て、自然と元の関係に戻っていた。

 しかし、今回ばかりは、明らかに「少し険悪」の範囲ではなく、あやまらなくては、と思いながらも、先延ばしにしていた。今までどおり、僕のことを許し、癒してくれるのではないかと、どこか甘えもあった。

 彼女からの連絡は来なかった。3週間たった時、僕はさすがに焦ってきた。このままお腹の子について話し合わなければ、遅れてしまう。

ーなにが?ー
 
この時になって初めて、僕が彼女の子供を望んでいないこと、彼女への愛情が薄れていることを感じ始めていた。

はるかを愛していない。

いや、違う。
僕を癒し、天使のようにすべてを曖昧にさせてくれる。依存させてくれる存在を愛していた。
一方で、本当は誰よりも聡く、頑固で芯があり、感情を持つ、人間としてのはるかを受け入れてはいなかった。
それは、彼女を愛していないということと同じだ。
 
 「ごめん、俺ははるかを幸せにできないと思う。でも、産みたいなら責任は取らせてほしい」

電話越しに無言が続く。自分の心臓の音が聞こえる。

「それはできないよ……。私は、この子をひとりでは育てきれる状況じゃない。来週病院に行くからついてきて」

もう、答えは決めていたのだろう。彼女は魂のこもっていないような声で、答えた。

※画像は、七海様のイラストを使用させていただきました。素敵な作品をありがとうございます。


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