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Dear Christmas

「メリークリスマスって24日に言ってもいいの?24日はクリスマスイヴだから、本当は25日に使うべき言葉なんじゃない?」とバイト終わりの休憩室で三澤さんが言った。正直、心からどうでもいい疑問だったけれど、「確かにそうですよね〜」と適当に答えた。世間は、大衆は、メリークリスマスの使い方なんて頭の片隅にもなく、もはや24日と25日のどちらがクリスマスかも気にならないくらい、ハッピーでスペシャルでプレシャスな日なのだ。メリークリスマスなんて言葉はただの飾りで、弁当の隅に小さく入ってるしば漬けくらいのものだ。そんな取るに足らないことをわざわざ指摘するような面倒な性格だから、12月24日にシフトに入るようなことになるんだぞ、と三澤さんに対して心の中で思った。すぐにブーメランが返ってきた。今日シフトに入れたのは、アルバイト11人の中で、私と三澤さんだけだった。店長は、「2人がいてくれて本当助かったよ。これ、感謝の気持ち。メリークリスマス」と言う言葉を添えて、それぞれ白い封筒を渡した。中には5000円が入っていた。金額を確認した三澤さんは、「他の奴らが高い金払って、腹4分目くらいにしかならない飯食ってる間に、私達は時給プラス5000円だよ。絶対こっちの方が良いよね。どうせアイツら、味もわかんないのに赤ワインとか飲んだりしちゃってんでしょ?で、プレゼント交換とかしちゃうんでしょ?え、これ欲しかったやつ〜なんで分かったの?とかやるんでしょ?いやぁ、バカみたいだよね」と、唾を散らしながら言った。私は、クリスマスの各方面に当たり散らす三澤さんを見て、哀しく思った。そして、そんな三澤さんに、同じ感覚を持っていると思われていることに対しても哀しく思った。

もう帰ろう。こんなメリークリスマスだらけの渋谷から早く立ち去ろう。そう思い立ったところで、三澤さんが話しかけて来た。「クリスマスにプロポーズする男ってどう思う?」私は、「良いと思いますよ」と答えた。三澤さんは大袈裟に「えぇ〜」と言って、「なんか、芸がなく無い?クリスマスの雰囲気に頼ってるっていうか。私なら、なんかもっと意味のある日にして欲しいと思っちゃうけどな〜。だって、クリスマスって、キリストの生まれた日だよ。2人ともクリスチャンだったら話は別だけどさ。そうじゃなかったら、ただのクリスマスなだけの日、じゃん。そう思わない?」と続けた。また始まった、と思った。この会話に乗ってしまうと、同じような論調の話を永遠に聞かされて、カラオケに誘われて、椎名林檎縛りをさせられて、かと思えば自分が飽きたらカネコアヤノを歌い出して、3時くらいに来たことを死ぬほど後悔するやつだ。それだけは、避けたい。私は、「まぁ、きっかけって、作るの難しいから。だから神様に頼るんじゃないですかね!」と出来るだけ明るく答えたあと、「じゃっ、私お先に帰ります」と、三澤さんを見ずに頭だけ下げて、そそくさと部屋を出た。

渋谷駅は大混雑だった。どこもかしこもカップルで溢れかえっていて、今日は偶数じゃ無いと電車に乗れない日なんじゃないかと思ってしまうほどだった。勿論、そんなことあるはずはなく、奇数でも改札を通れた。早く田園都市線に乗って、この渋谷の空気から解放されたい。一刻も早く、二子玉川の空気を吸いたい。その一心で、カップルとカップルの間をすり抜けるように1番線に向かった。すると、toksに並ぶ列に、見覚えのあるような顔があった。改めて見ると、確信に変わった。2年前に別れた男だった。隣には白のロングコートを着た女がいて、男の左腕にしがみ付くようにくっついていた。私は、その女の肩をトントンと叩いて、「あの、その男、最低な奴ですよ。あなた、考え直した方がいいですよ」と言ってあげようかと思った。思っただけ。

電車の中で携帯をいじりながら、私は思い出していた。私のクリスマスをハッピーでスペシャルでプレシャスな日じゃなくしたあの男のことを。クリスマスの1週間前に私のことをフッたあの男のことを。「ちょっと話したいんだけど電話していい?」とラインが来て、こっちから電話をかけると、「別れよう」と予想だにしない話だった。「他に好きな人ができたのか?」と聞くと、「そうじゃないけど‥」と男は答えた。理由は、「君は100%の気持ちで付き合ってくれてるけど、俺は今80%くらいの気持ちで付き合ってる。それが、君に申し訳ないし、失礼だと思うから」とのことだった。なんだそれは、と思いながらも涙は止まらなかった。泣きながらも、買ったプレゼントをどうしようか、返品するのはあまりにも恥ずかしいよな、と何故か冷静な頭に少し笑ってしまった。2、3日経って、思った。別れようとは思っていたけれど、クリスマス前に別れておかないとどうせ別れる女にプレゼントを買わなければいけないのが億劫で、あんなタイミングで別れを切り出したのだと。最低な奴だと思うのと同時に、自分を下げないようなよく分からない言い回しで、しかも電話で、別れを告げて来る軽薄さに、すっかり気持ちは冷めたのだった。ただ、その年のクリスマスは最低な気分で迎えることになったのは言うまでもなかった。

そんなことを思い返しながら、Twitterを眺めていると、【渋谷のラブホに大行列】と写真付きのリツイートがあった。私はさっきの二人の姿を頭に浮かべながら思った。どこのラブホも行列で入れずに、結局カラオケで過ごすことになればいいのに。部屋に入る前に、あの男がつまづいて、女の真っ白なロングコートにコーラを溢したらいいのに。女の機嫌が最悪になって、「もう私タクシーで帰る」ってなればいいのに、と。私は、頭の中で、去っていくタクシーを呆然と見送るあの男に向かって、笑顔でメリークリスマスと言った。

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