【ショートショート】 花いちもんめ
♪勝って嬉しい花いちもんめ
負けて悔しい花いちもんめ──
どこかから声が聞こえてくる、子どもたちの声。
学校からの気だるい帰り道。
思っていたより冷たい秋風に、思わずめいっぱい伸ばした制服の袖口。
買い物客でざわつく、賑やかな商店街。
商店街にある顔馴染みの肉屋で買ったコロッケを、齧りながら歩く夕暮れ。
重たいリュックに、磨くことを随分サボっている傷だらけの革靴。
横を歩くのは、腐れ縁の幼馴染。
絵に描いたような、「平凡な日常」。
歌詞の意味云々は置いておくとして、今改めて考えると「花いちもんめ」は、無邪気な遊びというにはなかなか残酷なゲームだと思う。
子どもの頃、私が「あの子が欲しい」と名前を呼ばれるのはいつも最後の方だった──。
「そういやさあ」
コロッケのパン粉を口の端につけ、唐突に隣を歩くユリが口を開く。
「うん」
ついてるよと、指で教えてやりながら私は相槌を打つ。恥じらいも遠慮もなく、手の甲で示された口の端をぐいと擦って、ユリは言葉を続ける。
「小さい頃、花いちもんめよくやったやんな」
「やってたな」
「絶対、最初に呼ばれる子は決まってたやんね」
「いま似たようなこと考えてたわ」
「名前、覚えてる?」
「え?」
「いつも最初の方に呼ばれてた子らの名前。覚えてる?」
不意に言われ、過去の記憶をざっと辿るもすぐには出てこない。何なら男子だったか女子だったか…見た目も含めどんな子だったか、全く思い出せない。
「いや…全然覚えてへん」
「やんな。私も」
コロッケにかぶりつきながら、ユリは笑う。
「あの子たちは、いつも選ばれる側の人やったわけやけど、私たちの記憶の中では選ばれへんかった側の人になるんやなあ」
確かに記憶に存在していて、実在もしていたはずなのだけれど、今や名前すら忘れられたかつての「選ばれし人たち」に思いを馳せる。
一緒にワイワイ遊んでいたのは、小学校くらいまでだろうか。
中学校を経て、高校へ進むような頃になると、みんなそれぞれの未来を歩んでいて、もはや何も接点がない人の方が多い気がする。
今頃、どこで何をしているのだろう。
「何でそんなん急に言いだしたん」
「別に」
ユリは最後の一口になったコロッケを口へ放り込んで、スタスタと歩き続ける。私もそれにペースを合わせ、少し遅れてついていく。
「私はさあ」
「うん」
「きっとこれから先も、選ばれへんかった側の人でい続けることに、なるかもしれへんけどさあ」
「…うん」
「そういうの、気にせんと私の価値観で、私の選びたいものを選ぶ人でいたいなって思うんよ」
「ええと思うよ、それで」
「せやんな」
「うん」
どこかから聞こえていた、子どもたちの声は気づくともうすっかり遠のいていた。
学校からの気だるい帰り道は、あと一年ほどで終わりが来る。
冷たい秋風に負けじと、めいっぱい伸ばした制服の左右の袖口を合わせふうと息を吹きかける。
買い物客でざわついていた、賑やかな商店街を抜けていく。
商店街にある顔馴染みの肉屋で買ったコロッケ、また二人で食べようと思う。
重たいリュックも、磨くことを随分サボっている傷だらけの革靴も、私たちが選んだ道を歩いてきた過程のうちだ。
前を歩くのは、腐れ縁の幼馴染。
絵に描いたような、「平凡」そして「かけがえの無い日常」。
じわじわと夕焼けが溶けていく宵の入り。こっちを振り返ることなく、真っ直ぐ歩いていくユリの背中をそっと見る。
その物思う背中もひっくるめてユリだということを、私は知っている。
(1477文字)
=自分用メモ=
自分の中で、コロッケと花いちもんめをキーワードに盛り込んで書くというルールをつけて書いてみた。関連性のない二単語を無理なく混ぜる…初めての書き方だったので、脳みその体操になって面白かった!
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