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笑ってみたら


なんだかよく笑う日があった。それは面白いことがあって笑っていたのではなくて、なぜだかよく笑えた日だった。そしてその時、凄く楽しかった思いがある。たとえ面白くなくてもただ笑っているだけで、楽しく感じるんだね。


ゴオオオ…… 強風と一際目立つ音と共にやってきた、電車。
自然と目が奪われる。数メートル先に居た男の子も自然と眺めていた。母親も眺めていた、わあ来たね、と子の肩を優しくたたく。
これもまた、美しいと思った。
自信ありげに通る電車はもちろん、自分の目に映るモノ全てが。親子の愛がぼんやり、あちらこちらに灯っている。だだっ広いグラウンドを走る男の子には、馬のような野生心が風と共に動いていた。
葉なんかもう全て捨ててしまったよ、幹と枝だけになった木が向こうには見える。でも不思議とそれすら誇りに思っているようで、いや、集団でいるからだろうか。とにかく俺たちゃ通ってから言えよな、と堂々と立っていたのだ。でもね、近づいてみたら貴方達の本心も見えちゃってるよ。ジッと見ていたら、おせっかいおばちゃんみたいになっちゃった。ピンクと黄色の色をした、そんな母性が込み上げてきた。



ゴオオ…… また電車はやってきた。髪の毛が三本、目に入る。隣にいるおばあちゃんの赤みがかった毛が揺れた。そんなことを無意識に考えて、また見ていた。もしかしたら電車の窓の奥の誰かが見ているかもしれない。ちょっと恥ずかしかったけど、合ったとしても一秒くらいでしょう、なら気にすることないさと言い聞かせる。
「次の電車が来たらさ、おじいちゃんとこ戻ろうよ」
ほんとはもう一つ行きたいとこがあるんだ、私はそんな言葉を吞み込んだ。
「うん、そうしようか。でも当分電車は来ないだろうね」
私はおばあちゃんの、茶色いブーツを見た。次に私の靴を見た。私の靴はプーマのスニーカーだった。

「これがマツ、ね」
マツの大きく太った幹をドカンと叩いた。私の力じゃびくともしない。
「こっちがケヤキ、な」
ドシンと叩く。何一つ表情を変えないケヤキ、それにおばあちゃん。ちょっと、けやき坂48って知ってるぅ?と聞くわたし。うん知ってるよ、とおばあちゃん。ちぇっ知ってたんかい。おじいちゃんはGUのこと「グー」って読んでたのに。

踏切の音が聞こえた気がした。

「あっ、きたんじゃないかな。カランカラン聞こえるでしょ」
「いや、聞こえないけどねぇ」

数分。

「あっ、あっち側から聞こえてこない?カランカランって」
「うん、聞こえるね。」


俺は電車だぞと言わんばかりの、電車だけしか出さない声が聞こえてきた。ああ来たんだ。救急車みたいにどんどん近づいてくる音。でも救急車の時みたいな気持ちじゃない。ちがうんだ、私は女だけど、少年になった瞬間だった。


一瞬だった。
目が左から右に動いて、最後に首と目をできる限り右に動かして、消えゆく最後まで見ていた。
今思う、この一瞬に通った電車のように、おばあちゃんとおじいちゃんと過ごした日々も、きっと一瞬に過ぎていくんだって。
あの電車は戻ってこない。今この時も戻ってこない。
私はまた、プーマのスニーカーに目を落とした。







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