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m_hyugaji
2021年5月21日 14:52
プロローグ 閉塞感の漂う時代、たくさんのヒトミさんたちが、片目を瞑って生きています。 先人たちの言うように、両目を開いて伴侶を探し、片目を瞑って伴侶と暮らし、なんとかなると思っていたはずなのに、なぜだか心が壊れてゆくのです。 先人たちに、可哀想だと思える間は我慢しろと教わって、同情は愛情と同義語なのかと考えたり、いつかは変わるのではないかと期待したり、優しいところもあるからと思い直したり、自
2021年7月12日 20:53
不信感 前回欠席だった夫は今回は出席していて、先に夫の話を聞くということで、ヒトミさんは弁護士さんと申立人待合室で待っていた。同じ建物に中に夫がいると思うだけで、恐怖心から吐き気がしてきたけれど耐えた。 待合室は混んでいて、苛立ったり切羽詰まったような人々が、各々の弁護士たちと打ち合わせをしたり、どこかに電話をかけていたりしていたが、何も話すことのないヒトミさんとヒトミさんの弁護士さんは、
2021年7月16日 20:54
連帯感 社会は、優しい人ばかりで構成されているわけではない。そんなことは当たり前のようにわかっていたはずなのに、いまのヒトミさんの心には、人の悪意がダイレクトに突き刺さり、汚い言葉を聞くと指先が震えて冷たくなってくる。五十年と少し、ヒトミさんはこの悪意に満ちた世界で無事に生きてこられたことが信じられなくなってくる。 でもヒトミさんと仲のいい入居者さんたちは、それらをちゃんとわかってくれてい
2021年7月26日 21:01
心療内科 ヒトミさんの心身に異変が起きたのは夏が終わる頃で、それは突然やってきた。 ヒトミさんが、二〇一号室の山井さんの部屋を掃除していたとき、一昨日の晩にトイレに行く際に転んでしまったという山井さんが、「美容院に行きたいんだけど、ダメって言うのよ」とヒトミさんに愚痴をこぼした。 話を聞いてみると、転んだときに頭を打っているかもしれないから、しばらくは髪を洗うなと看護師のリーダーに命
2021年8月2日 20:45
ヒトミさんは泣いていない 翌日、ポンちゃんが作ってくれた美味しいブランチを食べたあと、ヒトミさんはバスに乗って実家のあった町へ向かった。少しだけ二日酔いがあったけれど、それすらも楽しいと思えたヒトミさんは、バスの中から懐かしい景色を眺める。 終点のバス停で降りると、日曜日だというのに町はしんとしていて、いまヒトミさんが住んでいる海辺と似たその町は、時が止まっているように感じられた。 小さ