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自分のために「自立」しよう!

こんにちは、Mihoです。

ここ数日で一気に温度が下がり、京都の冬~!!!
って感じがしてきました。
最近は少し慣れて来てはいるものの、
県外の友だちが京都に来ると体調を崩したり、
「寒くてよく眠れなかった」というので、本当に寒いんだと思います^^;
とはいえ、そろそろ紅葉の見ごろも終わりかな。
京都に来る際は本当に温かくしていらしてくださいね!

さて、今日は「気持ちを伝える」ことと「自立」について。

セッションなどを通して自分の気持ちに気づき始めると
「相手にも気持ちを伝えたい!わかってほしい!」
という気持ちになることがあると思います。

わたしも自分の身体の声を聴くのにハマっていたときには
もう何か見つける度に物静かな仲良しのお友だちを捕まえて
「これはああで、こうで、すごいんだよ!」と話してました
(付き合ってくれた人、ありがとう…😅)

あと、癒しのプロセスで
自分の傷ついている気持ちや苦しみに気づくと、やっぱり
「わたしが苦しかったのは〇〇が理由なんだ~!」
と、その発見を誰かに共有したくなるのもあるあるだと思います。

それを
「わたしが苦しかったのは〇〇が理由だったんだよね~。
 わかって嬉しかった!」
と話すだけで満足できるなら、全然問題ないと思います。

でも、自分の発見を話すことで

・相手も自分の苦しみを分かってくれるだろう
・相手が寄り添ってくれるだろう
・自分のつらさを分かってくれるなら〇〇してくれるはずだ

と「期待」し始めると、少しおかしなことになって来る気がします。


セッションなどを通じて自分の本音を見つけて楽になるって、
自分にとってはすごく大事なことだし、すごく嬉しいことですよね。

でも、自分が感じている大切さとかを
相手という別の人がそのまま理解できるわけではないということも
事前に承知しておく必要があると思います。

特に身近な人、自分にとって大切な人に対して
「自分の気持ちをわかってほしい」と思うのは自然な欲求です。
でも、「自分の気持ちをわかってくれるはず」と考えることや
望む反応が返ってこないと傷つくのは
お母さんと常に一致していたい「子ども」の価値観、
別の言い方をすれば、依存的な感覚だと思います。

そして、わたしたちが苦しむのは、しばしば依存的であることに起因しています。

わたしはこうしたい。
でも、相手には相手の希望がある。

それを理解した上で、気持ちを伝えていくこと。
「違い」に驚かずに交流ができるようになること。

これが「自立」であり、生きやすくなるコツかなと思います。
そして自分が自立しているからこそ、
純粋に、そして気軽に自分の気持ちを伝えたり
相手の反応を楽しめるようになるのではないでしょうか。

ここまでお読みいただいてありがとうございました。


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