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【救い】耐えられない辛さの中でどう生きるか。短歌で弱者の味方を志すホームレス少女の生き様:『セーラー服の歌人 鳥居』

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「鳥居」という歌人の生き様と、その言葉の強さ

「鳥居」が経てきた壮絶な人生

この作品は、「鳥居」という名前で活動する歌人(短歌を詠む人)を取り上げたノンフィクションです。ノンフィクションをあまり読まない、という人にも、ぜひ手にとってほしい作品です。

冷房をいちばん強くかけ母の体はすでに死体へ移る

この作品には、鳥居が作った短歌もいくつか掲載されています(本書に載っているのは、推敲前の作品とのこと。作った時の内面をきちんと見せるためだそうです)。

そして、この短歌の背景には、こんな経験があります。

その時の私はつらすぎる現実に耐え切れず、母が“さみしくて、心配してほしくて”死んだふりをしているんだろう、そうだったらいいな、と思うようにしていました。そして、お母さんは私が見ていなければのり弁を食べるんじゃないか、水を飲むんじゃないか、と思い、のり弁と水だけ置いて、他の部屋へ行って数時間後に見に来たりするのをくり返していました。
そして、眠る時には、“明日目が覚めたら何もかも元通りになっていて、お母さんが元気になっていますように”と祈りながら眠りました。眠りから覚めた時も、しばらく目を閉じたままでいて、“何事もない、すべてがいつも通りの日常にもどっていて、お母さんが「朝ごはん、できたよー」って呼びにきてくれる”よう祈っていました。目を開けて、昏睡状態の母と、その現実に向き合うのが怖かったんです

鳥居の母親は自殺しました。そして、母親が死んでいく様を、彼女は為す術もなく見ていることしかできませんでした。「救急車を呼んだら怒られる」と思い、信頼できる大人も思い浮かばず、死に向かっていく昏睡状態の母親と、何日か共に過ごしました。

理由なく殴られている理由なくトイレの床は硬く冷たい

彼女はその後、施設で過ごし、その施設でいじめに遭います。高熱が出た時に「他の人に移らないように」と何日も倉庫に閉じ込められたり、年上の女の子から熱湯をかけられたりしました。

つらい経験から、中学校は不登校となり、義務教育をきちんと受けることができませんでした。彼女は、拾った新聞で字を覚えました。未だに、「2割引」「10%オフ」の意味が分からないといいます。鳥居は、セーラー服を着て歌人としての活動を行ってますが、それは、小中学校の勉強をやり直す場がほしい、という気持ちを表明しているそうです。貧困など様々な理由から、きちんと学校に通えなかった子がいるのだと、世間に知ってもらうためでもあります。

16歳からアルバイトをして生活をしていますが、その後も、親類から酷い嫌がらせを受けてDVシェルターに逃げ込んだり、里親から追い出されてホームレスになったりと、多くの人が経験しないだろう厳しい環境の中で生きてきました。

鳥居は、医者から就業を禁止されるほど重度のPTSDを患っています。過去を振り返ってみても、いつ死んでもおかしくはなかったでしょうし、お金の面でも心の面でも日々辛い生活を送っているのです。

そんな中で彼女は、「短歌」と出会います。

「ことば」が人生を支える

でも、どれも全部自分でも考えていたことばかりで、「将来どうするか」をいちばん不安に思っているのも自分でした。
「将来どうするのか、仕事にも就けず、社会でもやっていけないのなら、死ぬしかないのかな」と考えたことも、何度もありました。
未来は真っ暗で、何の夢も希望もないように思えていました。
このため諭されるたびに、「心が引き裂かれるようでつらかった」といいます

鳥居と比べればまったく辛い人生ではなかった私ですが、彼女の感覚は少しは分かるつもりです。私も、「社会で上手くやっていけない」と未だに感じていますし、その度に、「生きていくのは無理かなー」という気分になります。昔ほど深刻にそう感じる機会は少なくなっていますが、「未来は真っ暗で、何の夢も希望もないように思えていました」という気持ちは、程度は全然違うでしょうけど、私の中にも常に巣食っています。

そんな彼女にとって「短歌」は、特別な意味を持つものになります。

それらの短歌と出会って以来、鳥居にとって、短歌は“目の前の「生きづらい現実」を異なる視点でとらえ直すもの”になりました。
自分を否定しなくて済む「居場所」となったのです。
「人が生きていくには、現実以外の場所が必要。だからみんな、映画を見たり、ディズニーランドやユニバーサルスタジオに行ったりするんだと思うんです。私にとって生きていくのに必要な別の場所は、短歌や本の中にありました」

私自身は「短歌」にそこまでのものを感じませんでしたが、しかし、「ことば」に支えられてきたという意味では非常に共感できます。「短歌」という形ではありませんが、私も、自分の考えていることや感じていることを「ことば」に変換して表に出すことで、自分をなんとかこの世界に繋ぎ止めてきた感覚があるのです。

心動かされる“短歌”と出会ってから、鳥居はその世界や技法を学ぶことに、少しずつのめりこんでいくことになります。
そしてその“学びたいという欲求”こそが、次第に、長らく暗闇にいた鳥居を導くかすかな光、生き抜いていくためのよすがとなっていくのです

これ以降は、ブログ「ルシルナ」でご覧いただけます

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