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【驚異】信念を貫く勇敢さを、「銃を持たずに戦場に立つ」という形で示した実在の兵士の凄まじさ:映画『ハクソー・リッジ』

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「最も過酷な戦場」の1つで、武器を持たずに信じがたい成果を挙げた兵士の凄まじい生き様と信念

「ハクソー・リッジ(のこぎり崖)」とは、沖縄「前田高地」の米軍側の呼び方だ。垂直の崖を登って攻略しなければならない立地であり、第二次世界大戦において最も過酷な戦場の1つと言われた場所でもある。日米双方の兵士がかなりの接近戦を繰り広げ、多くの命が失われた。

そんな戦場を武器を持たずに駆け回り、類を見ない成果を挙げた人物がいる。それが、この映画の主人公デズモンド・ドスだ。実在した兵士であり、「誰にもできないことをやってのけた」と称賛された人物である。

彼の物語は、「人間はいかに信念を貫くことができるのか」を示すものだ。この映画は、「戦争の悲惨さ」を伝えるものとしてだけではなく、「信念を貫き通すことの重要さ」を改めて実感させてくれるものとして受け取られてほしいと思う。

「『戦争』と矛盾する『信念』」を捨てずに貫き通した兵士の凄まじい決意

でも、信念を曲げたら、僕は生きていけない。

私も、どちらかと言えば、自分がこうと決めたことはなるべく貫きたいと思うタイプだ。途中で諦めることも、路線変更することもあるが、そういう時にはなんとなく、自分自身に対して不甲斐なさみたいなものを感じてしまう。なるべく無理せず生きたいので、実際には信念を曲げてばかりではあるのだが、気分だけはいつも「初志貫徹」を目指している。

しかし、デズモンドが口にする「生きていけない」は、本当に言葉通りの意味だ。彼は、信念を曲げるくらいなら死んだ方がマシだと考えるほど、強い信念を持つ人物なのである。

人の信念を変えることなど、戦争にだって出来やしない。

「信念はなかなか目には見えないし、いくらでも口にすることができてしまう。だからこそ、その「信念」が試される時にどう振る舞うかで真価が決まると言っていい。そしてデズモンドは、「戦争」という、あまりに大きく、「信念」を曲げたとしても誰も責めないであろう状況下においても、自身の「信念」を手放さなかった。

これは凄まじいことだ。

信念を貫く者たちの逸話は、様々な形で後世に伝えられる。戦後日本で闇市の闇米を食べることを拒否して餓死した裁判官。「失敗ではない、上手くいかない1万通りの方法を見つけたのだ」と語るエジソン。出光興産創業者の出光佐三をモデルにしたとされる『海賊とよばれた男』は、売る油は一滴もないのに、社員全員1人もクビにはしないと決意する場面から始まる。

これらは、やはり「凄すぎるエピソード」だからこそ語り継がれるわけで、日常そうそうあることではない。自分が彼らほど信念を貫くことができないとしても、自分を悪く思う必要などないだろう。

しかしやはり、そのような逸話に触れると、「自分もこんな人間でいられたらいい」と思わされてしまう。

痩せっぽっちの臆病者だと思ってた。でも、誰にも出来ないことをやってのけたな。人生最大の勘違いだった。俺を許して欲しい。

武器を持たずに戦場を駆け回る男が、武器を持って戦う男からそんな風に評価されるのだ。戦闘する者が戦闘しない者を称賛するというのは、やはり凄まじい状況と言えるだろう。

お前なしでは戦えない。

最終的にデズモンドは、これほどまでに評価されるのである。自分もそんな生き方ができたらと、少し羨ましくなった。

もちろん、信念を貫くことで不遇の人生を歩むことになってしまった人も一方でたくさんいるはずだ。そのようなエピソードはどうしても取り上げられる機会が少ないので、結果として「信念を貫くことで好転した事例」ばかりが広まることになる。それは決して良い状態とは言えないだろう。特に現代では、正義感からの行動が理不尽な逆上を引き起こし、結果的に多大な被害をもたらす事件も報道などでよく目にするから怖い。「信念」も、相手を見て発揮しなければならない時代というわけだ。

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