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【衝撃】匿名監督によるドキュメンタリー映画『理大囲城』は、香港デモ最大の衝撃である籠城戦の内部を映す

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デモ隊と共に大学に”閉じ込められた”匿名監督たちによる衝撃のドキュメンタリー映画『理大囲城』の圧倒的リアル

凄まじい映画だった。私はよくドキュメンタリー映画を観るのだが、まさにこういう映像に触れられるからこそ、ドキュメンタリー映画を観るのは止められないのだと思う。その時その場にいた者にしか撮れない/感じられないものだけで構成された、「生々しさ」を徹底的に詰め込んだとんでもない映画である。

映画『理大囲城』を取り巻く状況と、映し出される出来事について

私は2022年12月17日、ポレポレ東中野の12:00の回で『理大囲城』を観た。何故日付と時間まで書くのかといえば、私が観たのが「世界初の劇場公開回」だったからだ。それまでも、山形国際ドキュメンタリー映画祭など単発での上映は各地で行われていたものの、「劇場公開」はポレポレ東中野が世界初なのだという。別に、その事実を知り狙って観に行ったとかではまったくないのだが、結果として「世界初」に立ち会えたことは良かったと思う。

ちなみにこの『理大囲城』、香港民主化デモを描く映画だが、完成当初は香港国内でも上映が許されていたそうだ。しかし去年の3月頃に上映禁止と決まってしまう。後で触れるが、この映画はまさに「香港人に観てもらいたい」という想いで作られたものである。そのため、制作した者たちは非常に残念に感じているそうだ。しかしだからこそ、外国の観客の反応には勇気づけられるとも言っていた。

ちなみにそのような話は、上映後のトークイベントで語られたものである。香港と映画館とをオンラインで繋いで行われたのだが、画面に人の姿は映らなかった。映画『理大囲城』はなんと、複数人いる監督が全員「匿名」なのだ。監督表記も、「香港ドキュメンタリー映画工作者」となっている。香港でこのような映画を制作することの難しさが思い知らされるだろう。ちなみに映画でも、記者や高校の校長など一部の人を除き、全員の顔にモザイクがかけられている。「理大囲城」事件からなんとか逃げ延び逮捕を逃れた者もいるだろうが、映画で使われた映像が証拠となって逮捕され、暴動罪で起訴される可能性が否定できないからだ。2019年に起こった出来事は、今も香港に暗い影を落としているのである。

また、トークイベントでは、画面に大写しになったマークについても説明された。監督の顔を表示する代わりに映し出された、円形のモノが割れて粉々になったようなデザインにはちゃんと意味がある。『理大囲城』完成後、検閲のためにDVDを提出したのだが、そのDVDのディスクが返却時に粉々になって戻ってきたそうなのだ。結果として最初の検閲には通ったわけだが、無言の怒りみたいなものを感じさせる、薄気味悪いエピソードだと感じた。

映画『理大囲城』で扱われる事件についてもざっくりと説明しておこう。2019年6月から始まった民主化デモにおいて、同じ年の11月16日から13日間に渡り、名門である香港理工大学に学生のデモ隊が籠城し、警察との睨み合いが続いた。その様子を、デモ隊と共に大学内部に残った匿名監督が内側から記録し続けたのがこの映画である。日本の「安田講堂事件」をイメージすると近いのかもしれないが、私があまり「安田講堂事件」に詳しくないので、どこまで共通項があるかは分からない。

この記事では、映画そのものの内容にはあまり触れない。というか、言葉で説明しても仕方ないという感じがする。とにかく、「映し出されているものを観てくれ」としか言いようがない作品だ。衝撃的な88分間だったし、その体験は言葉を尽くして表現できるようなものではない。映画で何が描かれているのかは、是非実際に映画を観て体感してほしいと思う。

とりあえずは映画のラストで触れられていた数字から、「理大囲城」事件の規模感を理解してもらうことにしよう。この事件での逮捕者は1377人。その内、籠城途中で大学を抜け出し逮捕されたのが567人、最後の最後まで大学構内に残り逮捕されたのが810人なのだそうだ。また香港民主化デモには18歳以下の若い世代も多く参加していたこともあり、先に少し話を出した通り、高校の校長が出てきたりもする。校長は警察と交渉し、「ID登録をすれば家に帰れる」という条件をまとめた。18歳未満でID登録によって帰宅を許された者は318人に上ったという。「理大囲城」は、香港民主化デモにおいて最大の逮捕者を出した事件である。

「撮る動機を失った」と語るほど壮絶な撮影現場と、映像の持ち出し方

この記事では映画の内容ではなく、上映後のトークイベントでの話について主に書いていきたいと思う。映画は是非実際に観てほしいのだが、トークイベントで語られたことを知った上で映画を観ると、より衝撃が増すはずである。

まず語られたのは、香港理工大学内部から籠城戦の様子を撮影することになった経緯についてだ。そもそも彼らは、6月から始まった民主化デモの当初から、様々な場所に出向いてカメラを回していたという。その過程で、大学での籠城計画の存在を知った。当然彼らとしては映像に撮りたいと考える。そこで籠城が始まる前からデモ隊と共に大学内部に入り、カメラを回すことにしたのだそうだ。彼らもデモ隊と共に13日間に渡って大学に閉じ込められてしまうわけだが、まさかこれほど長期間外部から完全にシャットアウトされるとは想像もしていなかったと語っていた。

籠城が始まってからしばらくして、救護班の一部と多くの記者が大学を離れる決断をする。そのため、大学内部に残った記者は、映画『理大囲城』の監督たちだけになってしまったそうだ。元々民主化デモの現実を映像に残そうと奮闘し続けてきたわけだが、「理大囲城」事件において内部で起こることについては、彼らにしか記録ができなかったことになる。そういう点でも強い使命感を抱いたのではないかと思う。彼らが残した記録しか映像が存在しないという意味でも、この映画は非常に重要だと言えるだろう。

ちなみに、早い段階で大学を離れた救護班と記者は、その後すぐに逮捕された。彼らが後ろ手で縛られ拘束されている様子がSNSにアップされたのだ。香港警察は、本来であれば逮捕しないだろう救護班・記者も容赦なく拘束したのである。この事実は、大学内部で籠城を続けた者にとって大きな衝撃となったはずだ。彼らは、自ら望んで大学での籠城を決断したわけだが、認識はその後、「警察が大学の周囲をすべて包囲したため、大学から抜け出せない」というものへと変わっていく。大学から出れば逮捕され、暴動罪で最大10年の懲役の可能性がある。それを避けるには警察に捕まらない脱出ルートを探すしかないが、そのようなものはない。そんな切羽詰まった状況下で、若者たちが混乱の渦に巻き込まれていくのである。

映画『理大囲城』は主に、籠城が始まった当初の11月17日・18日に撮影した映像で構成されているという。その理由に、私は最も驚かされた。匿名の監督はトークイベントの中で、「時間が経つにつれ、撮る動機も気力も失っていった」と口にしたのである。

カメラに映し出されるのは、籠城が長引くにつれて精神的に追い詰められていく若者たちの姿だ。先述した通り、彼らは自ら籠城を決断したわけだが、次第に「大学が包囲され、出られない」という感覚になっていく。そしてそれは当然、撮影している者たちの感覚でもある。映画を観ているだけの観客も、香港理工大学内の様子を見れば、まともな理性を保てるような状況ではないことは理解できるはずだ。

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