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【改革】AIは将棋をどう変えた?羽生善治・渡辺明ら11人の現役棋士が語る将棋の未来:『不屈の棋士』

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AIは将棋をいかに変えたのか

本書は、「将棋とAI」をテーマに現役棋士に行ったインタビューをまとめた作品だ。羽生善治・渡辺明などのトッププレイヤーもいれば、AIに負けた棋士、コンピュータ将棋への造詣が深い者など、様々な立場の棋士が、それぞれの観点から「将棋とAI」について語っていく。

将棋AIの強さと、「強いかどうか」とは違う見方

本書は2016年発売であり、インタビューが行われたのはそれより前だ。そしてその時点で、将棋AIの強さはプロ棋士並か超えている、というのが、現役棋士たちの感触のようである。

ソフトと戦っても勝てない、と予想しています(勝又清和)

仲のいい棋士には、解説が終わった後に、「あれは人間が勝てるレベルじゃないよ」という話をしました(西尾明)

登場する11人の棋士全員が同じ見解ではないにせよ、様々な意味で無視できない存在になっている、という雰囲気は、インタビューの端々から感じ取れる。

しかし、本書を読んでの感想は、「『将棋AIがプロ棋士より強いかどうか』は本質的な問題ではない」ということだ。

この点について、喩えで明快に指摘している者がいる。

たとえば詰将棋に関しては昔からコンピュータの方が解答が速いって知ってるけど、コンピュータの計算競争なんて誰も見ないでしょう。それと同じ。人間が暗算の競争をやるから見るんですよ。どっちが先にミスるんだ、っていう(渡辺明)

車がいくら早くても、人間が100メートル走で10秒を切ったらすごいでしょう。それと同じように、「人間の頭脳でここまで指せるんだ」と見守っていただきたいです(勝又清和)

これは、将棋は好きだけれどそこまで詳しくない私にとって、なるほどと感じさせる指摘だった。

私には、プロ棋士というのは「凄すぎる存在」でしかない。だから、そんな人たちが「ミスをする」という発想が少し抜けていた。いや、もちろん、人間だからミスをすることは知っている。将棋の本を様々に読んだことで、「二歩」や「待った」など、普通の精神状態ならありえないようなミスをして負けてしまった棋士の話も知っている。

しかしそれでも、棋士自らが「ミスするかどうがポイントだ」と発言するのを聞かなければ、「AIはミスをしないからつまらない」という視点を忘れてしまうのだ、と感じた。

人間の勝負とはまったく別物ですから。トップ棋士同士とはいえ、やはり人間の将棋はミスありきなんです(渡辺明)

人間にしか指せない将棋とかそういうことではなく、人同士がやるからゲームとして楽しめるんです(渡辺明)

また、「ミスするかどうか」と同じ土俵の問題だろうが、「怖さ」に関するこんな指摘もあった。

人の頭なら相当わからない難解で長手数の詰みでも、ソフトはわかっている。この変化は詰むか詰まないかがわからないから踏み込めない、という話がソフトにはないわけでしょう。つまり人間が持つ「怖さ」という感覚が存在しない。それはちょっと違いますよね。強いんだろうけど、別物というか(渡辺明)

将棋というのは人間同士の勝負で、お互いに答えを知らない中でやるものじゃないですか。怖さはあるけど、それに打ち勝つことも大事なわけです。ファンにもそこを楽しんでもらっている部分があると思う。(山崎隆之)

後者の山崎隆之の発言などはまさに、「見る側」の視点に立ったものだと言える。確かに、そこに「怖さ」を感じている者同士が向き合うからこそ鑑賞に耐えうる勝負になる。一方が「恐怖」を感じていないとすれば、もはやそれは「勝負」とさえ言えない、ということになるのかもしれない。

目に見えるものであれば、私たちは捉え間違わないと思う。例えば、100m走を一方は人間の足で走り、もう一方がバイクに乗って闘ったら、それはおかしいと分かる。剣道において、一方が竹刀でもう一方が真剣だったら、やはりこれもおかしいだろう。見て分かるものについては、私たちはフェアかどうか判断できる。

しかし、「思考」というのは目に見えない。そこに大きな違いがあっても、私たちはその差を「見ること」では判断できない。だからこそ、「人間」と「将棋AI」が同じ土俵で闘うことに、フェアの欠如を感じられないのだろう。

本書を読んで、まずこの点、つまり「『将棋AIがプロ棋士より強いかどうか』は本質的な問題ではない」ということを、きちんと理解できたと思う。

ソフト研究の先駆者・千田翔太

将棋界の話題を席巻している藤井聡太は、昔から将棋ソフトとの対局をしていたそうだ。超高スペックのパソコンを自作し、将棋ソフトの計算力を最大限に引き上げるなんてこともしているようで、まさにAI将棋の申し子といった存在である。

しかし本書に登場する棋士の中でも、将棋ソフトを練習に取り入れるかどうかに議論がある。

若手棋士の千田翔太は、本書出版時点で将棋ソフトを最も採り入れていると言われている棋士だ。彼は、

公式戦で勝つよりも、純粋に棋力をつけることを第一としようと。(千田翔太)

とさえ発言しており、そのためのツールとして積極的にソフト研究を採り入れている。しかし、本書の著者は、

現状、千田のソフトに対する姿勢が周囲に理解されているとはいい難い。先駆者の宿命ではあるのだが、苛立ちを感じることもあるだろう。

と書いている。少なくとも、2016年以前の時点では、千田のスタンスは異端として扱われていたようだ。

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