伊井野いと

『祓い屋令嬢ニコラの困りごと』にて、第1回ドリコムメディア大賞金賞を受賞|書籍1〜3巻…

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『祓い屋令嬢ニコラの困りごと』にて、第1回ドリコムメディア大賞金賞を受賞|書籍1〜3巻&コミカライズ発売中|

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  • 藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない

    ミステリー風味のオリジナル小説です/ 謎を解くのは、藤壺の宮!? 平安時代に転生したと思ったら、そこははなんと『源氏物語』の世界。 奇妙な殺人事件の数々に、令和の大学院生と光源氏が挑む! 【あらすじ】 大学への通学途中、トラックに轢かれてしまった大学院生、脩子(ながこ)。 彼女は何故か、源氏物語における〝藤壺の宮〟に転生してしまったらしい。 藤壺の宮といえば、光源氏の初恋の相手だ。 しかも、源氏とのワンナイトの末に不義の子までこさえてしまう、重要人物でもある。 源氏に懐かれることだけは回避したい脩子だが、源氏には無碍にしづらい事情もあり、困りものだった。 おまけに源氏は、何故かいつも事件の話を持って来ては、脩子の推理を聞きたがる。 その殺人は、物の怪の仕業か、人の仕業か──。 五歳差バディの平安謎解き譚、開幕。

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藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第1話】

藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第1話】

    序
 ──死んだと思ったら、産まれていた。
 ちょっと何を言っているのか分からないかもしれないが、あいにくと脩子にだって分かってはいなかった。
 何せ、大学に向かう途上でトラックにはねられたと思ったら、羊水やら血にまみれて、産婆に抱き上げられていたのである。全くもって、意味が分からない。

「いや、何故に……?」

 そう声に出したはずの言葉は、残念ながら言葉の形をしていなかった。
 ただ

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藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第9話】

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第二章 空蝉の身をかへてける木のもとに
      4

「単純な構図、でございますか……」
「えぇそう、とても単純な構図」

 考え込むように呟いた命婦に、脩子はそう言って首肯する。
 脩子は光る君から視線を外して、ばぁやに向き直った。

「もしも、左馬頭が御簾越しに和歌を詠みかけた時点で、すでに六の君が死んでいたとしたら、どうだろう。だったら、御簾越しに殺害する方法も、権少将が凶器を消失させる

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藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第8話】

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第二章 空蝉の身をかへてける木のもとに

「権少将が犯人だと仮定するならば、凶器はどこに消えたのか。あるいは──」

      3

「いいわ。じゃあいったん前提を変えてみよう。仮に、権少将が犯人じゃないとする」
「はい」
 光る君は心得たように頷く。脩子も小さく頷いて、言葉を続けた。

「権少将が西の対屋に忍び込んだ時点で、本当に六の君が亡くなっていたのなら。それ以前に西の対屋を訪れた人間に対

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藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第7話】

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第二章 空蝉の身をかへてける木のもとに なほ人がらのなつかしきかな

「それで? 今日はどんな事件の話を持ってきたのかしらね、左衛門督どのは」

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 従四位外、左衛門督──それが眼前の青年の、現在の位階と官職だった。
 『源氏物語』の通りであれば、本来は近衛中将であるはずの時期なのだが、彼は敢えてその道を選ばなかったという。
 父親である桐壺帝には、やはり近衛(内裏内郭の警固)の職

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藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第6話】

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第二章 空蝉の身をかへてける木のもとに なほ人がらのなつかしきかな 

      1

 それは、月の明るい晩のこと。
 青白い月明かりに照らされて、足元には紅葉の刺々しい影が揺れている。
 雲間には清かな月が浮かんでいて、秋の虫たちの騒めきと、風が木々を揺らす音ばかりが辺りに響いていた。
 宮中警固の滝口の武士たる男に、雅なことは分からない。
 それでも、こんな晩の夜警は悪くないものだと思いな

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藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第5話】

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第一章 狐狸の、人に化けて池に落つること
「それじゃあ、大の男でも飛び石から落ちてしまうことに納得できたのなら……狐狸が化けた、なんて話を信じる人間もいないわけね?」 
   

      4

「私はひとつ、気になっていることがあったんだ。だって、事件が発覚したのは昨日の夕方でしょう。それなのに、翌日には容疑者の特定が済んでいるという。随分と展開が早いな、と思ったんだ」

 それも、容疑者たち

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藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第4話】

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第一章 狐狸の、人に化けて池に落つること
「そこからまた、どうして『狐狸が人に化けて殺した』だなんて話が出てくるのかしらね……」

      3

 
 一応、補足していうのなら。
 光る君もとい、覆面の殿上童の言葉が信用されなかった、というわけではないらしい。
 むしろ、検非違使たちは「一理ある」とさえ考えて、甥っ子の文章生から元武官の男へと、疑いの比重を大きく傾けたのだという。
 そうなれば

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藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第3話】

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第一章 狐狸の、人に化けて池に落つること      

      2

「お二方とも、八つ時でございますよ。少しお休みしてはいかがです?」

 そう声を掛けられて、脩子と光る君は揃って顔を上げる。見れば、王の命婦が御簾を引き上げるところだった。
 彼女の手には、二人分のお茶と菓子が載った盆がある。どうやら随分と、時間が経過していたらしい。

「わぁ、唐菓子ですか? 嬉しいな」
「えぇ。覆盆子もご

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藤壺の宮は〝物の怪のせい〟にしたくない 【第2話】

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第一章 狐狸の、人に化けて池に落つること

      1

 御簾の隙間から入る、春の陽光が眩しい。
 脩子は御簾を捲り上げて身を滑らせる闖入者を、苦々しい思いで睥睨した。
 殿上童の身なりをしたその少年は、窮屈そうな顔布を剥ぎ取るや否や「ぷはっ」と息を吐く。
 それから、悪びれもなく「こんにちは、宮さま」と挨拶を寄越した。
 脩子はじろりとその顔を睨みつけると、不機嫌さを隠さずに言う。

「…

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