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リハーサル

「せーのっ、で跳ぶよ!!」

「せーのっ!!」


 空は青い。なんでかは分からない。
リスさんはそんなことを考えながら、木の実をかじっていました。木の実からは太陽の匂いがします。
 太陽の一部が表面に宿った。表面はそう思えるような温かみを帯びていました。

 そうだ、夏だ。もうすぐ、夏だ。南中の角度が高まっていくうちに、受け入れていかなきゃいけない夏。
 なんだかぼくは夏が苦手だ。そう思ってリスさんは、一つ木の実を食べ終えました。
 木の実の種が、ぽとんと落ちます。太陽のこどもみたいな木もれびの中に、小さな小さな影をつくります。

 リスさんはあたらしい木の実を探しに、どんどん森の奥に入っていきました。
 草や葉っぱを踏みしめ、あざやかな緑の世界を進んでいきます。初夏の匂いをかぎながら、目の前の大きな葉っぱをはらった先に、突然それは見えてきたのです。
 なんだろう、あれは。
 茶色い大きな木の台に、横に長い階段のようなものが置いてあります。その木の台のまわりだけ、空気が冴えわたっているように感じました。
 リスさんは、その木の台をどこかでみたことがあると思いました。
 そう、それは何かの舞台らしかったのです。


 舞台?こんなところに?
 リスさんはおそるおそる、その舞台にのぼりました。リスさんはためしに足踏みをしてみます。そのたびに、木の台はきし、きし、と音をたてます。
 そのとき、
「とてもいい舞台でしょ」
 背後から声がしました。
 リスさんはぱっと後ろをふりかえります。みると、そこにはたくさんの花を抱えた、四匹のハツカネズミがいました。ぴかぴかのおめめが八つ、きれいにならんでいます。
「ぼくたち、風船の売り子なんだ」
 彼らが「風船」と言っているのは、どうやら抱えているお花たちのことのようでした。
「きみにも何かひとつあげるよ」
 そう言って、一匹がリスさんに近寄ります。リスさんは小さくお辞儀をして、お花を一輪ぬきとります。
 薄紅色の、花びらがとじたお花でした。
「たくさんあるうちから、ひとつを選んだね」
 そのハツカネズミはにっこり微笑むと、元の位置に戻っていきます。
「あ、あの。この舞台は、きみたちのものなの?」
 リスさんが言います。
「うん、そうだよ!」
 いちばん小さなハツカネズミが、ぴょんぴょん跳びながら答えます。
「ぼくたち兄弟なんだぁ。いちばん上がソプラノ、にばんめがアルト、つぎがテノール。そしてぼくがバスだよ!」
 合唱?
 四匹の名前から、そんなことをリスさんは連想しました。
「ぼくたち小さい頃から風船がだいすきで、公園にやって来る風船の売り子さんから、よく風船を買っていたんだ」
 テノールが言います。
「おかあさんやおとうさんに見つかると大変だから、風船は勉強机の下にかくしていたんだよ」
 ソプラノがふふっと笑いながら言います。
「まさかぼくたちも風船の売り子になるなんて、思ってもいなかった」
 ソプラノがぴかぴかのおめめでお花を見つめます。

 なんだかさっきから波のような音がすることに、リスさんは気がつきました。音の出どころを探ると、それはリスさんが持つお花からきこえてくるようです。リスさんがそっと花びらを一枚一枚ひらきます。その中に入っていたのは小さな白蝶貝でした。

 ふしぎなお花だ。そして、ふしぎな子たちだ。リスさんはなんだかどきどきしてきました。初夏の匂いが、のびたりちぢんだりします。

「夏至はやっぱり正午に南中するね。その時に風船をぱっと離すとね、太陽の一部になれるんだよ。今日はそのリハーサルの日なんだ」
 アルトがそう言って、太陽を見上げます。そしてふいに、悲しげな顔をしました。
「去年の夏至は本番を迎えられなかったんだ」
 リスさんには、アルトの周りの空気が、雨のようにざわざわして見えました。
「だからぼくたち、今年は失敗しないよう、きっちりリハーサルしないと」
 アルトはにっこりして、またおめめをぴかぴかさせます。
「リハーサルは、本番のために、やっぱり必要だから」


 その日の太陽が南中するまでには、まだ時間がありました。
「ぼくたち、もうちょっと風船を増やしてくるよ」
 そう言って、四兄弟はでかけてしまいます。
 みんないなくなっちゃった。手持ちぶさたなリスさんは、その間に木の実を探してみることにしました。

 リハーサルかぁ。太陽の一部になれるってどういうことだろう。どきどきと、少しの不安で、リスさんには周りの景色がいつもと違って見えます。
 鮮やかに、でも不鮮明に、世界はふしぎに広がっていました。
 ふと足元を見ると、木の実がひとつ転がっています。これもやっぱり太陽の匂いがする。リスさんがそれをひろいあげたとき、樹木の間から水の流れる音がしていることに気が付きました。
 音の方へ近づいていくと、一本の小川があらわれます。
 そのとき、

 キーーーーーーーン。

 リスさんは思わず耳をふさぎました。大きな大きな耳鳴りがしたからです。
 リスさんが目をつむると、その薄闇の中にも小川がみえます。でもさっきみた小川より、水かさが多く、勢いよく流れていきます。
 流れてしまう。そうか、何もかも流れていってしまうんだ。

 こわい、とリスさんは思いました。
 耳鳴りがやみ、ゆっくり目をあけます。何かを感じとったリスさんは小川を背に、来た道を戻っていきます。
 木の実はそこに、置いてきぼりに。木もれびの、ないところに。

「バス、どこへ行っちゃったんだろう」
 約束の時間になっても、戻ってきたのはリスさんと、ソプラノ、アルト、テノールの四匹だけでした。
「みんなで手分けして探そう!」
 四匹は森の奥へ引き返していきます。

 草をかき分けて、葉っぱの裏をみて、
「バスー!バスー!どこにいるのー!」
 懸命に懸命に探します。

 リスさんには、さっきから水の匂いがしていました。
 どうしてだろう。
 近くにいたアルトに、リスさんはずっと気になっていたことを聞きました。
「ねえ、アルト。去年の夏至は、どうして本番を迎えられなかったの」
 アルトはやっぱり、ざわざわした空気の中にいるようにみえます。
「去年の夏至は、大雨が降ったんだ。太陽がそもそもあらわれなかった。太陽のない夏至に風船をとばしても、太陽の一部になることはできない」

 四匹はバスを見つけられず、舞台のある場所に戻ってきて、ぺたんと座りこんでしまいました。もう太陽は西の方へ傾いで、オレンジ色になっています。
 気づけば水の匂いは消え、ほのかに初夏の匂いがちらちら薄煙のように漂っていました。オレンジと薄煙が溶け合い、ぼうっとそこらを照らしています。
 そのとき、
「リスさーん!すてきな風船もってきたよー!」
「バス!!」
 小さなハツカネズミが一生懸命、こちらに向かって走ってくるのが見えます。
 リスさんたちは一斉に立ちあがりました。
「こんな時間になるまで、どこ行ってたの」
 バスはぴかぴかのおめめにオレンジをうつしながら答えます。
「マトリカリアの花がねぇ、とってもきれいだったんだぁ。だからねぇ、ぼく、ずぅっとそれをみていたんだよぉ!」

 バスはにっこりしながら、リスさんに一輪のお花を手渡します。
 リスさんは、はっとしました。
「そうだ、マトリカリアだ」
 マトリカリアのお花は、はじめて見たお花にも、ずっと見てきたお花にも見えました。

「もう南中の時間は過ぎちゃったけれど、リハーサルしようか!」
 ハツカネズミたちはたくさんのお花を胸に抱き、舞台にのぼります。リスさんもたくさんのお花をうけとります。そして、真ん中にマトリカリアのお花を差し込みました。
 舞台でみんなは、横一列に並びます。オレンジの太陽が、ひそかに瞬いたような気がしました。

「せーのっ、で跳ぶよ!!」

「せーのっ!!」


 ぱっと、バスは、マトリカリアのお花を手放します。
 マトリカリアのお花は、空に向かって、どこまでもとんでいきます。どこまでも、どこまでも。きっと太陽に出会えたのかな。そっちはどう?お空で元気にしていてね。

 宝物のような瞬間をみた気がしました。リスさんの瞳から、宝石のような雫がぽたぽた溢れだします。
 耳をすませば、どこからか声がきこえてくるようです。
「みんないっしょだよぉ」

 太陽のオレンジの下、四つの影がどこまでものびています。
「もうすぐ夜が来るね」
「そうだね、もう帰らなくっちゃ」
 影は三つと一つにわかれて、それぞれの家路につきました。


 リスさんはしばらくゆっくり歩いていましたが、だんだんこらえきれなくなっていきました。
 胸が、こころが、やっぱりどきどきします。どきどきして、やっぱり、このままじゃいられない。
「ほら、次の季節へのリハーサルだよ!」
 リスさんは赤、紫、黄色、ピンク、たくさんのお花をだきしめて走りだしました。
 太陽はそれを追いかけるように、リスさんのあとをついていきます。
 涙はかわいたね。
 涙はかわくから、あるんだね。
 そんなことばを待っているから、ぼくたちリハーサルしないと。
 「会いたい」に、会えるといいね。
 おてて、握りあえたらうれしいね。
 「かなしい」は、ぜんぶ、
 「たのしい」になれるように。

 ばいばい、
 ばいばい。
 また、明日。
 本番、うまくいくと、いいね。

 ばいばい、
 ばいばい。
 また、明日。
 本番、かならず、みにきてね。


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