#224 うつ病発症70日目・発症後369日目 ~凪かわいい~

今日は,「凪のお暇」(公式サイトはこちら)再放送の録画を見ていました。

「凪のお暇」は,僕がうつ病を発症した去年の7月から3ヶ月間放送されていたドラマで,黒木華(はる)演じる主人公の凪(なぎ)が,職場で彼氏に裏切られ,過呼吸を起こし,何もかもイヤになって仕事を辞め,アパートも引き払って,何のゆかりもない立川のボロアパートに無職のまま引っ越すところから,物語は始まります。

凪が,いわば「お暇」に入ったことで,ボロアパートの住民たちと出会い,そこで始まった人間関係の進展や,凪自身の成長を描いているドラマです。

僕は,ドラマが好きで,うつ病になる前から結構見ていたのですが,このドラマは特に,僕が「お暇」に入ったのと同じ時期に,僕と同じように,社会に疲れて何もかも投げ出して「お暇」に入った28歳の女性を主人公にしていたので,めちゃくちゃに思い入れがあります。

ネタバレにはなりますが,主人公の凪は,最終話で「お暇」を終了し,新しい職を見つけ,社会に復帰します。

「お暇終了!」と凪が口にするシーンは印象的です。

ドラマは,それで「めでたしめでたし」でいいんですが,まだまだ社会に復帰できていない(していない?)僕としては,少し言いたいことがあります。

「凪のお暇」は,全国放送のドラマでしたから,めちゃくちゃ多くの人に見られていたと思います。ざっと計算すれば,視聴率1%=100万人視聴ですから,視聴率8%ほどを獲得していた「凪のお暇」は,約800万人の人たちに見られていたわけです。

録画やインターネットで視聴した人を含めれば,視聴者数は更に増えるでしょう。きっと,その中には,僕と同じように,うつ病で「お暇」していた人もたくさんいたと思います。

「凪ちゃんもお暇終了したんだから,僕もお暇終了しよう!」と奮起して,実際にお暇終了できた人もたくさんいたでしょう。その人たちにとって,「凪のお暇」は,人生を変えてくれた,命の恩人なのかもしれません。

でも,僕が思うに,実際に現実に起きる「お暇終了」は,ドラマとは結構違うものになると思います。

ドラマでは,「お暇終了」と凪が口にしたシーンに象徴されているように,「お暇」と「社会復帰」が,ある1つの点(「お暇終了」を口にした瞬間)を境に,明確に区別されるように描かれています(そういう感じに見えます)。

しかし,実際は,何かの瞬間に,いきなり社会復帰できるようになることはありません。「お暇」と「社会復帰」は,グラーデーションになっています。「モザイク」とも言えるでしょう。「お暇」の空間に,少しずつ「社会復帰」が組み込まれていき,「お暇」と「社会復帰」の入り混じったモザイク柄が出来上がり,そのモザイク柄の色の割合のうち,「社会復帰」色がだんだんと増えていくのです。

「社会復帰」色が増えていく段階では,まだまだ「お暇」色もかなり多い。だから,「社会復帰」の練習段階では,「お暇」してもいいんです。

というか,社会復帰した後も,モザイクは消えないのかもしれません。「社会復帰」色ですべて染められるのではなく,その中に,「お暇」色も入っていなきゃいけない。

こんな感じで,ある瞬間を境に「お暇」と「社会復帰」がはっきりと区別されることはないと思います。

と書きましたが,実は,ドラマの中でも,この「モザイク」は,きちんと描かれています。というのも,無職だった凪が,ドラマの中盤でアルバイトを始めるのです。このアルバイト期間中は,間違いなく,「お暇」と「社会復帰」がモザイクとなっています。

そして,「お暇」中に出会った人たちとの温かい人間関係が,最終話で「お暇終了」と凪が口にした後も続いていくことになっています。そうすると,「お暇終了」したはずの凪ですが,いつでも,温かい人間関係に頼ることで「お暇」はとれるんです。

「お暇」して出会った人たちとの関係が,「お暇終了」した後も続く。その結果,社会復帰した後も,凪は,いつでもその人達と「お暇」して元気を蓄えることができるのです。

だから,この「凪のお暇」というドラマでも,「お暇」と「社会復帰」が明確に区別されるとは考えられていないと思います。

「お暇終了!」と凪が口にするシーンは,「お暇終了!」と言えるほどに,凪が元気を蓄えたことを示すシーンなんだと思います。またいつでも「お暇」できる人たちを手に入れた凪は,疲れたときに「お暇」していいのです。

今日はこんなことを考えてました。

まあ,ともあれ,再放送の「凪のお暇」もおもしろかった(#三田佳子は名女優)。

前置きはこれくらいにして,今日もうつ病の経過を記録していきます。(第1回目はこちら。第2回目も大事なのでこちらからどうぞ)

【過去のこと・思い出したこと(発症70日目)】

少し昨日のブログを振り返ります。

7月22日㈪に実家にとんぼ返りして53日後の9月12日,3日後に予定されていた友達の結婚式に必要なスーツを取りに帰る目的で,一人暮らしの自宅で戻り,2日だけそこで過ごしました。53日ぶりに自宅に戻ったわけですが,その日の夜に,案の定,不眠の症状がでました。熊本からの移動で疲れていたところに,夕飯を食べるだけのために,自転車で何キロもウロチョロしたり,また,ガスを止めていたので,銭湯へ行くのにもまた,何キロも自転車で行き来したりした結果,疲労が限界を大幅に超え,その疲労に生命の危機を感じた身体が,防衛反応として,不眠の症状を引き起こしました。翌日の9月13日の晩も寝つけず,その翌日(9月14日)に熊本に帰るために朝早く起きる必要があった僕は,眠剤を飲み,なんとか寝つけました。9月14日は,予定通り熊本の実家に戻り,翌日の9月15日に,昼から結婚式に出席し,帰宅したのは午後10時9分でした。まあ,こんなに遅くまで残る必要はなかったのですが,久しぶりに同級生とはしゃぎたかったのです。その日のうちにきちんと帰宅したのでよしとしましょう。とはいえ,僕の身体は,まだまだ夜中にはしゃげることができるほど回復してはいませんでしたが。

・9月16日㈪:この日は,↑に書いたような出来事を経た翌日です。実は,この日の翌日(9月17日),刈谷へ戻る予定になっていました。というのも,↑に書いたように,9月15日に結婚式が予定されていたわけですが,その予定は,僕がうつ病発症する前から既に決まっていたわけで,そのため,結婚式の翌々日(9月17日)に,熊本から刈谷へ戻るための飛行機を,だいぶ前から予約して代金の支払いも済ませていたのです。その飛行機に乗って,9月17日に刈谷へ戻ることになっていました。

今になって思うと,この日の時点では,まだまだ調子も不安定でしたが,当時の僕としては,だいぶ調子も良くなってきたと思っていました。「刈谷に戻って,社会復帰の練習のために,毎日朝から図書館に行って簿記を勉強しよう」なんてことを本気で思っていました。

今の僕としては,「いやいや,無理だろ!勉強のやる気なんて出てくるはずないだろ!」とツッコミたいです(笑)。実際に,↑に書いたようなやる気とは裏腹に,全然やる気が起きず(というか,そもそも眠りが全然安定せず),「図書館で勉強」なんて,だいぶ期間が経つまで,全く実現しませんでした!笑

本当に,今この瞬間,このブログを書くやる気が起きていることに感謝しなきゃいけません(笑)。去年の秋と比べたら,本当にやる気が出てきています(笑)。去年の秋からの10か月で,僕は,間違いなく元気になっています。

話を戻しますが,この日(9月16日)は,翌日に刈谷へ戻ることになる=熊本の実家で過ごす最後の日(の予定)でした。この年の夏,僕のルーティーンとなった一連の作業(朝ごはん→午前中ゆっくり過ごす→昼ごはん→ぶどう出荷作業手伝い→晩ごはん手伝い→晩ごはん→米研ぎ→寝る)を,この日もこなしていました。少し違うのは,この日の晩は,お寿司を食べに行きました。最後の日ですからね。「お祝い」という意味合いではなく,「一応の区切り」という感じです。

もしかしたら,もう少し実家でゆっくり過ごしたほうが良かったのかもしれません。刈谷へ戻った後も,調子が不安定でしたから。しかし,実家で長く過ごしていると,両親とケンカすることも出てきたんですよね(笑)。実家で過ごすのは,これくらいが限界だったと思います。

刈谷へ戻った後も,かなり調子が悪い日もありましたが,実家に再び戻ることは考えていませんでした。両親を頼って電話することはありましたが,物理的に実家に戻ろうとは思いませんでした。

約2か月間実家で過ごしてみて,ある程度の期間が経過すると,「実家療養」のマイナス側面(両親との人間関係)が出てくることを痛感したのです。

調子が悪くてつらいときに,実家に戻れば,いったんは「実家療養」のプラス側面(食事の心配がいらない,さみしくないなど)を享受できますが,期間が過ぎていくうちに,必ずマイナス側面が出てきます。だから,最後のゴールは,「一人暮らし」なのです。

だから,どんなに苦しくても,実家に戻らず,1人の自宅で暮らそうと思っていました。そして,その思いは,今のところ現実になっています。去年の夏以降,僕は一度も実家に戻りませんでした。めちゃくちゃに苦しいこともありましたが(一昨日のブログで書いた,苦しみの最高潮を味わったのは,刈谷へ戻った後のことです),それでもなお,「最終ゴールは一人暮らし」と思い続け,つらい日々を乗り越えてきました。

よく頑張ったよ,おれ。

この日は,午前0時40分~6時30分までの睡眠が記録されています。睡眠時間も短くて,まだまだ調子は全然安定してません。それでも,「刈谷で1人で暮らそう」と思っていました。

でも,結局,翌日に刈谷へ戻ることはなかったのですが・・・(笑)

その理由は明日書きます。「翌日の飛行機を予約して代金も支払っていたのに刈谷へ戻っていない」なんてどういうこと?という話ですが,明日をお楽しみに。

→今日はここまで

【今日経験したこと・経験して考えたこと(発症369日目)】

・今日できた仕事・勉強

今日は休みでした。睡眠時間は短くなかったのですが,「今日はたまっている録画を見よう!」と思っていたので,読書ではなく,ずっとテレビを見ていました。

・仕事・勉強以外に今日やったこと

朝から散歩した後は,↑に書いたように,録画をずっと見ていました。録画を消化しないと,空き容量を確保できないので(笑)。

【今日のうつ病】

昨晩は午後11時20分に布団に入り,すぐに寝つけました。朝は7時10分に目が覚めました。それなりに眠れているはずですが,朝からあまりやる気が出ませんでした。9時までベッドでゴロゴロした後,バーピージャンプ20秒×1回だけした後散歩に行き,午前10時頃からずっとテレビを見ていました。まあ,調子はぼちぼちといったところです。

今日もブログ書けてよかった!

それではまた明日!

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