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【ミケ子さんの台所】第四話『ミケ子さんの朝ごはん』

7月の朝。

ミケ子さんは、庭の植木に水やりをする。

そうすると、三毛猫の『ミケゾウ』もやって来て、
いつもの定位置である、塀の上に陣取る。

ミケゾウがあくびを二、三回する頃、
近所のさと子と、娘のももちゃんが前を通る。

「おはようございます。」

ももちゃんが元気なあいさつをして、
ミケゾウを撫でる。

ミケゾウは、まんざらでもない顔をしている。

その間、ミケ子さんとさと子が、
短い世間話をする。

そして、ミケ子さんが言う。

「いってらっしゃい。気をつけて。」

「行ってきます。」

さと子が笑顔で頭を下げて、
ももちゃんが手を振る。

二人の後ろ姿をなんとなく見守った後、
ミケゾウに声をかける。

「朝ごはんにしましょうか。」

ミケゾウは、ぐっと伸びをすると、
待ってましたと言わんばかりに、
さっさと家の中に入る。

ミケゾウが朝ごはんを待っていると、
ミケ子さんが、朝ごはんではなく、
洗濯物を抱えてやって来た。

「ごめんね。ミケゾウ。
先に洗濯物干させてね。」

「ミャー。」

ミケゾウが小さく返事をした。

それから洗濯物を干して、
ミケ子さんが、ミケゾウに朝ごはんを持って来た。

「ミケゾウお待たせ。」

ミケゾウは美味しそうに食べている。
その様子を見ながら、ミケ子さんは考えた。

『私、何食べようかしら。
おにぎりだけにしようかしら。』

その時、慌ただしい音がして、
土間の外から声がした。

「ミケ子さん、開けていいですか?」

ミケ子さんが慌てて戸を開けると、
息を切らしたさと子が立っていた。
顔から汗が流れている。

「さと子さん、どうしたの?」

さと子は、ゼェゼェ言いながら、
手に持った、一斤の食パンを差し出した。

「ミケ子さん、今日、開いてました。
 あのパン屋さん。これ、食べて下さい。」

さと子の言うパン屋とは、
ももちゃんの保育園に行く途中にある、
時間も曜日も不定期なパン屋だ。

「えっ!さと子さん、
わざわざ、買って戻って来てくれたの?」

「どうしても、食べて欲しくて。
不定期なのも許せるくらい、おいしいんですよ。」

走るさと子

さと子は肩で息をしながら笑った。
そして、お金も受け取らず、
颯爽とまた走って行った。

さと子の後ろ姿を見つめながら、
ミケ子さんはつぶやいた。

「ミケゾウ、なんか私、
美味しい朝ごはん作りたくなってきたわ。」

ミケゾウは、食パンの匂いを嗅いでいる。

ミケ子さんは台所に立つと、
まず食パンに、包丁を入れた。
小ぶりの食パンを、厚めに2枚切る。
そして、オーブントースターに入れる。

フライパンを熱して、目玉焼きを作る。
いつもは、水を少し入れてフタをするが、
今日はフタなしで、黄身の色が鮮やかな
目玉焼きを作る事にした。
目玉焼きの傍らで、ウィンナーを焼く。
サラダ菜を置いたお皿の上に、
焼き上がった目玉焼きと、
ウィンナーを置く。

昨日の晩に作った、
冷たいトマトのマリネを
ガラスの器に盛る。

「夏バテ予防に。」

そう言って、
甘酒を少しグラスに注ぐ。

パンを焼きつつ、
コーヒーをドリップする。

パンとコーヒーの香りが漂う。

「いただきます。」

ミケ子さんの朝ごはん

コーヒーを一口飲んで、
トーストを食べる。

トーストは、しっとりもちもちしている。
ほんのり甘くて、バターなしでも十分美味しい。

『これは、不定期でも、
あっという間に完売するの分かるわね。』

ミケ子さんは頷いた。

「さと子さん、仕事間に合ったかしら。」

ふと気になった。

同時に、汗を流しながら、息を切らして、
食パン一斤を抱えて走る
さと子の姿を思い出した。

可笑しくて、ありがたくて、
思わず手を合わせる。

「さぁ今日は、もりもりと働くわよ。
ね、ミケゾウ。」

ミケゾウは、満腹そうにどっしりと
椅子の上に座っている。

風鈴が、チリンと鳴った。

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