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重度の社会不安障害の方々へ

  1. 地獄の始まりの小学校高学年

  2. 不登校になってしまった中学校時代

  3. 高校時代 無理やりでも変えようとしたその結果壊れてしまった心 

  4. 努力で変われた自分。

皆さんは人前で緊張しますか?緊張といっても場数を繰り返したら慣れる物ですよね。
何回、何百回も慣れない人がこの世には一定数存在してこの病気は恥ずかしいから誰にも言えずただひたすら抱え込ん苦しんでる人は沢山います。
こんなに苦しかった私でも何とか立ち直りました。その話も後々お話したいと思っています。


私は 幼少期のころ母親に恵まれ何も不自由なく暮らしていました 性格は人見知りでとてもシャイで人と 目を合わせて話すのがとても苦手な女の子でした。
それから 小学校に入り低学年の頃は いるかいないかよくわからない存在の子でおとなしい子だねと周りによく言われていました。
それからクラス替えになり小学校5年生の時 私を軽くいじめていた女の子が同じクラス になったというのを知ってとても絶望した気持ちになったの今でもすごく覚えています
その中で 一番いじめのボス的な男の子がいて彼は誰に対してもちょっかいを出してきたり一人の女の子は凄まじいイジメを受けていましたが その子を いじめから救おうとすると自分がいじめられるというのが分かっているので誰もその子を助けてあげることができませんでした。
私は今になっては加害者の一人だと重々 理解しておりましたが自分のことが精一杯で他の人をことを気にかけるほど余裕がなかったのです
この時もうすでに社会不安障害の症状が出ておりました 国語の時間になると 先生に音読の授業 になると『当てられないように!当てられないように!』と 神様にすごくお願いしていたのを鮮明に覚えております。
なぜだかわからないのですが 体の震えが止まらなくなり 自分の声が相手の耳に届いて鼓膜が震えその声が相手の脳に伝わるという のが耐えられない恐怖でした。
自分でもわざわざそこまで考えなくてもいいじゃん!
って客観視できている自分がいるのですが 体のコントロールがきかないという自分が自分ではない状態で 自分の身に何が起こってるのか全くその当時は理解できませんでした。
勇気を振り絞って恥を忍んで 母に話しても気にしすぎと言われ ちゃんと面と向かって取り合ってくれなく誰にも相談することができなくなり絶望しました。
それから国語の朗読の時間という時間はとても恐ろしく心臓が爆発しそうなぐらいで恥ずかしくて死にたいという気分で 前の女の子が朗読を終えた直後一気に全身の血流が上がり 頭が真っ白で手足はコントロールは出来なくなり 本を持つ手のか端から見ても分かるぐらい ガタガタと震えました 。
話し始めるのにもにも5秒以上もかかりました 声は震え 足がガタガタガタガタ震え本を持つ手も震え声の震え あからさまに緊張しているというようクラス全員にバレてしまいました
その姿見を見た何かのクラスメートたちはクスクスと笑い 言われたことで また羞恥心が 倍増され消えてしまいたい!と思いました。

『地獄の始まりの小学校高学年』 


  1.  読んで下さりありがとうございます。
    こんな私でも何とか人とある程度普通に話せれた迄の努力をお話していこうと思います。私がどういう人生を歩んで来たか続きが気になる方はフォローして下さるとモチベーションとして上がります。
    また宜しくお願い致します。

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