見出し画像

女たちの意思表明─フランソワ・オゾン『私がやりました』

寒暖差が激しさなどから体調が良くないせいか、文章をうまくまとめられず整えるのに時間がかかってしまった。
頭の中ではたくさん思いついているのに、そのスピードに文章化するスピードが追いつけない…ということ、読者各位におかれても経験したことがあるんじゃないだろうか。実りすぎてしなった果樹の枝のようにバランスの悪い文章を世の中に出すのは、いくらなんでも気が引ける。
この寒暖差にはやられっぱなしだし、みんな辛いと思うけど、微調整と休息でなんとか頑張っていきましょう……。


開始からまだ1年も経ってないこのnoteで、フランソワ・オゾンの作品について語るのは2度目だ。とくべつオゾンが好きというつもりはないけれど、今年は日本でフランソワ・オゾンの作品が一気に3作品も公開された年だったのだし、何より『私がやりました』も『すべてうまくいきますように』同様素晴らしい作品だったから、オゾンに言及する機会も自然と多くなってしまうというもの。

https://lp.p.pia.jp/event/movie/302444/index.html
左からナディア・テレスキウィッツ、レベッカ・マルデール

投票権もなく女性の経済的自由が少なかった時代に、女性たちが抵抗する方法は少なかった。犯罪として過激に表出する意思表示のあり方は『シカゴ』なんかも彷彿とさせる。あそこまで露悪的でもないけど、わたしは本作も『シカゴ』も素晴らしい女性映画だと思う。当時はスキャンダル扱いだった女性の意思を今、解釈し直すという企画をオゾンが撮ると言うのはいいアイデアだと思ったしバイブスも好きだった。

主役は若手のナディア・テレスキウィッツとレベッカ・マルデール。ポーリーヌ役のマルデールはコメディ・フランセーズ出身で、本作の下敷きになったジョルジュ・ヴェールとルイ・ベルヌイユの戯曲“Mon Crime”にも親しんでいたという。肩寄せ合う2人のひよっこが物語が展開して2人の境遇が変わっていくうちにどんどんオゾン作品の女たちのように堂々とした振る舞いになるのもいい。まずそもそも、ふわふわした性格のマドレーヌと、目をキラキラさせながらピンチを切り抜けていくポーリーヌの組み合わせはすごくかわいい。あと、ポーリーヌの聡明さとマドレーヌの魅力が最強で、彼女たちが決定的に痛い目に遭わないのもよかった。
フランス本国では大ヒットしたというので、2人ともこれからどんどん活躍していくのだろうな。(あと『Summer of 85』ではまだ初々しかったフェリックス・ルフェーブルがすっかりオゾン映画の俳優になっていて、それもほっこり)
物語の転換として登場するイザベル・ユペールは特徴的な無表情でクネクネしながら気取った調子でまくし立てる役で、これは結構ハマり役だったと思う。同じオゾン作品の『8人の女たち』でもお堅すぎる妹役を愉快に演じていたけど、こういうふざけた役を演じてるときのユペールがわたしは好き。

マドレーヌの“犯行”は「貞節を守るため」という理のある、もっと言えば世間から同情を買えそうな理由という設定だった。何なら他人の犯罪にのっかっただけなのでそこには主体性はなく、打算のみ。
一方で、ユペール演じるオデットの金目当ての犯行も、エヴリーヌ・バイル演じる老女優の「情夫が邪魔」という犯行理由もどちらも身勝手。しかしある意味ためらいなく自我を主張する彼女たちには潔さがある。
若い主役2人もオデットに巻き込まれて自分たちそれぞれのために自分たちの持つものを駆使して窮地を逃れる強さを持つ。服装の変化もそのあたりが表れていてよかった〜。

ここまでまあベタ褒めしたけど、微妙だったところがないわけではない。
たとえばフランソワ・オゾンの作品は緩急があまりなく、(『すべてうまくいきますように』は例外として)良くも悪くも転換に緊張感が伴わないことが多い。本作ではユペールの演技のおかしさで帳尻を合わせられている…とはいえ、本作も中盤でやや弛緩した印象を受けた。そこはもったいなかった気がする。

あとさっきポーリーヌとマドレーヌの2人がかわいいと書いたけど、マドレーヌを見るポーリーヌの視線がときどき切なく、クイアの文脈でも観ることができる。(湿っぽくなりそうなところはクネクネしたユペールがその湿度を吸い取ってくれる!)

ファブリス・ルキーニの登場も嬉しかった。


パンフレットはデザインがゴージャスだし、買ってよかった。原作戯曲『Mon Crime…!』は邦訳されていないようで、その現状でどう脚色されたかを知る足掛かりにもいい感じ。ユペールの役が原作ではどうか、なんて話もあって興味深かった。
あと邦題も悪くないと思う。音そのままでもなく、直訳でもなく、果敢に邦題をつけた心意気にあっぱれ。

(C) 2023 MANDARIN & COMPAGNIE - FOZ - GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA - SCOPE PICTURES - PLAYTIME PRODUCTION

『私がやりました』(2023)
監督・脚本:フランソワ・オゾン
出演:ナディア・テレスキウィッツ、レベッカ・マルデール、イザベル・ユペール、ファブリス・ルキーニ、ダニー・ブーン、フェリックス・ルフェーブル
撮影:マニュエル・ダコッセ
美術:ジャン・ラバッセ
音楽:フィリップ・ロンビ
衣装:パスカリーヌ・シャバンヌ
国内配給:ギャガ
字幕翻訳:松浦美奈

※フランソワ・オゾン監督作品『まぼろし』についての記事

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?