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<地政学>琉球王国の生存ルートを徹底的に考えてみる

 フォロワーの方のコメントから着想したものである。日本の領土になる前、沖縄は琉球王国という独立国だった。琉球王国は日本は異なる文化を持ち、言語もかなり違う。言語学的には琉球方言は琉球語というべきらしい。そんな琉球王国だが、明治初期に日本によって併合されてしまう。いわゆる琉球処分だ。もし琉球王国が生き残るにはどうすれば良かったのだろうか。地政学のプリズムを利用して、生存ルートを考えてみようと思う。

小国の生き残り方

 琉球王国は小さい国だ。どう見ても強大な軍隊を持って外敵を追い払えるような国ではない。したがって、琉球王国のような小国は身の振り方を考える必要がある。

 小国が生き残る方法はどのようなものがあるだろうか。一番手っ取り早いのは大国の保護国になることである。例えばネパールやモナコのような国が分かりやすい。近くの大国と関係を結び、友好国として守ってもらうのだ。大国はその気になればいつでもその国を併合できるが、意外に大国は約束を守ってくれることもある。

 緩衝国として生き残る方法もある。タイなどがいい例だ。大国の勢力圏のはざまに位置する国は両者の衝突を避けるための非武装地帯として扱われる時がある。ただし、琉球王国の場合は日清の緩衝国になってもどのみち日清戦争によって併合される可能性が高い。

 もちろん武装国家として生き残る道もある。スイスやアフガニスタンがそうだ。ただ、これらの国はいずれも山岳国家だ。島嶼国にこのような例はないので琉球王国には無理だろう。

 これらを前提に琉球王国の戦略を全パターン試してみよう。

①日本ルート

 日本と友好関係を結び、独立を保障してもらうという作戦である。このルートの場合、日本が琉球王国の主権を認める可能性に賭けることになるだろう。

 おそらくこの試みは失敗する可能性が高い。まず大前提として沖縄は日本に隣接しており、安全保障上非常に重要な土地であるという事実を確認しておきたい。明治日本は安全保障上重要な土地を独立国にさせておくとは思えない。実際、沖縄の向こうの台湾は併合されている。朝鮮は独自の王国としてのプライドが高く、併合するには不向きに見えるが、それでも併合している。両地域を併合するのに琉球だけは独立しているというシチュエーションは不自然だ。

 このルートの場合、史実通りに併合されてしまうものと思われる。

②中国ルート

 清朝にすり寄るという作戦である。実際、琉球王国は名目上は清朝の属国であったため、この作戦を検討していた人間もいるようだ。

 この試みは確実に失敗するだろう。なぜなら1894年の日清戦争で日本は清朝に圧勝し、領土を奪っているからだ。この時日本が奪った領土は台湾と澎湖諸島だ。もし琉球が清朝の保護を受けていた場合、このリストに琉球が入っていたことは確実だろう。

③アメリカルート

 他に琉球王国を守ってくれそうなパトロンはどこだろうか。太平洋の向こうの国のアメリカはどうだろうか。アメリカはグアムやハワイといった島を支配しているし、フィリピンを征服している。アメリカだったら琉球王国を保護してくれないだろうか。

 この試みは間に合わない可能性が高い。アメリカが海洋進出に乗り出したのは1899年の米西戦争辺りだ。それまではグアムやミクロネシアといった地域はスペインの領土だった。一方、琉球王国が併合されたのは史実では1879年だ。仮に抵抗していたとしても、1894年の日清戦争で確実に併合されているだろう。アメリカが海洋進出するのを待っても間に合わないだろう。

④スペインルート

 それならスペインにすり寄るのはどうだろうか。マリアナ諸島を領土にしているスペインであればついでに琉球も保護してくれるのではないだろうか。

 結論から言うと何もしてくれない可能性が高い。スペインは19世紀時点で既に過去の国であり、植民地のほとんどは独立していた。スペインはナポレオン戦争よりも遥か前に無気力状態となっており、停滞の極みにあった19世紀後半に遠く離れた太平洋の国を守る海軍力はないだろう。

⑤ドイツルート

 スペインは弱すぎて頼りにならなかった。それではもっと強そうな国に頼むというのはどうだろう。スペインはパラオやミクロネシアの領土をドイツに譲り渡している。ドイツは当時急速に国力を拡大しており、東洋への進出ももくろんでいた。

 結論から言うと非現実的だ。ドイツがこの地域に進出してきたのは遅く、せいぜい1880年代だ。南洋諸島を植民地化したのは米西戦争の辺りだ。仮に日清戦争までの間にドイツが琉球を保護国にしたとしても、第一次世界大戦で日本に奪取されているはずだ。この島は日本にとって非常に重要なので、何に優先してでも取りたいに違いない。

⑥独立運動ルート

 これは勝算がありそうで、なさそうなルートである。日本に併合されようが何しようが、琉球の住民が頑なに独立運動を続けるという戦略だ。これはただ独立するのならかなりの勝ち筋である。なぜなら沖縄は第二次世界大戦の結果、アメリカの軍事占領を受けているからだ。なにせ1972年までアメリカ統治下にあったくらいである。沖縄が独立運動が強烈に行われている土地であればアメリカはきっと独立を許してくれるだろう。

 問題はそれが琉球「王国」なのかである。琉球処分から100年近くが経っているとなると、王家はもしかしたら忘れられているかもしれないし、本土へ移住しているかもしれない。20世紀の独立国は以前と違って共和制が大半だし、アメリカは王家に興味を持たないだろうから尚更だ。実際、朝鮮の日本統治時代は36年間だったが、戦後に王家は復活していない。戦後アメリカの手によって独立が認められた琉球はおそらくマーシャル諸島やミクロネシアのような共和制国家になると思われる。

⑦イギリスルート

 おそらく琉球王国が生き残る場合、このルートが一番可能性がある。イギリスは19世紀の時点で既に世界中に植民地を持っており、世界の海を制覇していた。うまく立ち回れば日清戦争以前、もしかしたら明治維新の前にイギリスの保護国になる可能性があったかもしれない。小笠原諸島など、イギリスが目を付けながら日本に結局併合されてしまった土地もあるのだが、琉球の場合は遥かに人口が多く、地政学的な重要度も高いため、イギリスが興味を持つ可能性が高い。

 イギリスは海洋覇権国家である。この手の国は小国の保護者となることが多い。ライバル国への緩衝地帯にする時もあれば、単なる善意の時もある。ネパールやブルネイといたアジアの小国も大半がイギリスの保護領だ。きっと琉球王国にも好意的だろう。当時のイギリスは長江流域を勢力圏にしており、琉球王国を押さえておくメリットは大きい。

 問題は琉球王国が日本の手から逃れられるかという点だ。日本は明治維新を行って早々に台湾出兵を行っている。琉球がイギリスの保護領になろうとしているとならば、即座に行動を起こすはずだ。となると、琉球王国がイギリスにすり寄るタイミングは1870年代では遅く、幕末でなければならないだろう。アロー戦争とか薩英戦争当たりのタイミングなら可能だろう。

 ここで問題になるのはイギリスの植民地を日本が奪う可能性である。日英は基本的に友好関係にあった。いくら目と鼻の先の重要地域だからと言って明治日本がイギリスに戦争を仕掛けるとは考えにくい。この場合、日清戦争がどのように戦われるのかはちょっと気になるところだ。この世界線の台湾はもしかしたらイギリスあるいはフランスがちゃっかり頂いているかもしれない。大日本帝国は大英帝国の領土が目と鼻の先にあることに内心苛立ちを感じ続けるはずだ。日英同盟あるいは第一次世界大戦の供物として琉球が日本に割譲される可能性もあるが、あまりイギリスが領土を気前よく渡しているイメージも湧かない。バハマやバミューダといたイギリス領はアメリカと目と鼻の先にあるにもかかわらず、現在まで生き残っている。琉球も生き残れるかもしれない。

 一つだけ確実なのは第二次世界大戦で日本がイギリスに宣戦布告した時点で琉球は確実に日本軍に占領されるということだ。どのようなルートを辿ろうとも、1941年の時点で日本がこの島を支配していることだけは動かしようがない。この後は史実とあまり変わらないだろう。1945年4月、琉球王国は地獄の戦場と化し、大勢の住民が殺害される。日本兵として戦死する人は減るだろうが、スパイと疑われて処刑される人間は史実よりも遥かに多いはずだ。首里城も無事とは思えない。

 戦後、沖縄には米軍基地が建設され、アメリカの最も重要な軍事基地と化す。それでも琉球王国の独立の伝統が長ければアメリカは王国を尊重するだろう。イギリスは王家を尊重することが多く、アメリカはこうした現地の秩序を変えようとはしないだろうから、共和制になる可能性は下がる。1950年辺りに琉球王国は独立国として認められ、米軍基地と共存しながら復活を果たすだろう。

⑧フランスルート

 こちらの可能性は格段に下がる。フランスが海外領土に飛びつくようになったのは1870年に普仏戦争で敗北してからだ。この時点で琉球に進出しても遅いだろう。したがって、フランスが琉球を保護領にするには第二帝政の時代でなければならない。フランスは東アジアへの進出にも興味を結構持っていたようだ。ただ、フランスが琉球に進出する場合、イギリスが許すかは微妙だ。フランスに先を越されないようにイギリスが進出し、上記のルートと同じになるのではないかと思う。

 もしフランスルートが実現した場合、少し面倒なことが起きる。日露戦争でバルチック艦隊が琉球で補給するかもしれないのだ。当時露仏同盟が結ばれていたので、この可能性は極めて高い。場合によっては日本海海戦の結果が変わっていた可能性もある。

⑨ロシアルート

 ロシア海軍が対馬を占拠したという事件もあったので、ロシアが琉球を保護していた可能性はあるだろうか。

 このシナリオはまずありえないだろう。ロシアは大陸国家であり、自国から遠く離れた場所に領土を持ったことは無い。仮に持っていたとしても日露戦争で確実に奪われているだろう。

⑩朝鮮ルート

 清朝以上に全く頼りにならない。終わり。

⑪オランダルート

 もしかしたら17世紀のオランダ黄金時代にオランダの保護領になっていたルートがあるかもしれない。実際、台湾はオランダに植民地化されていたことがある。ただ、この場合は武力なり買収なり何らかの手段で琉球を回収していたのではないかと思われる。もしかしたら薩摩藩との間の戦争で奪われているかも。

⑫ポルトガルルート

 オランダと同じ。

まとめ

 いろいろ考えてみたが、実に厳しい。琉球王国の生き残りルートは本当に奇跡が無ければならない。琉球王国は日本に非常に近く、安全保障上重要な土地だ。台湾や朝鮮、さらには中国まで攻め込んだ日本が琉球王国をそのままにしておくとは考えにくい。

 琉球王国の運命で確実なのは、1941年までに日本の支配下に入ることと、戦後にアメリカの支配下に入ることだ。これを前提として生き残りを考えるしかなくなる。独立だけ考えるならしつこく独立運動を続けてアメリカに同情してもらうのが早い。しかし、このルートでは王政は忘れられてしまう。琉球王国の国体を護持するには少しでも長く王家に君臨してもらうしかないだろう。そのようなルートはイギリスルートしかない。この場合、琉球は保護領となっているだろう。独立を保った場合は日英同盟の供物とされる危険性が高く、日本に飲み込まれてしまう。

 琉球王国に関するシミュレーションは地政学を考えるいい題材にもなるかもしれない。小国は大国の保護が無いと生き残れないし。地政学的な要地は周辺国に食指を伸ばされる。大陸国家の清朝は琉球を守る力が無い。といった具合だ。

 特に小国は大国の後ろ盾がないと生き残れないという点は、史実にも大いに絡んでいる。戦後に沖縄が日本から分割される可能性もゼロではなかった。沖縄の独立運動が盛り上がらなかった理由の一つが米軍基地への嫌悪感だ。独立国として米軍の中途半端な衛星国になるよりも、日本に復帰した方が有利なのではないかと思われたようだ。

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