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怪異 排管の中(1)

アパートの一室

 どんよりと厚く黒い雲に覆われた早朝。まだ、夏には早いというのに、五月の冷たい冷気に混じり、湿った暖かい空気が混在して漂っている。ジメジメとした湿気が、畳の下から湧き上がり、部屋の空気をよどませていく。薄暗い光が、窓越しに入っている。

「ふぁぁ~っ・・」

 大きなアクビをして、俺は目を覚ました。淡い光が、まぶたを通して、刺激を与えてきたからだ。うっすらと目を開けると、ぼんやりとした橙色の光が見える。

 俺は、再びゆっくりと、まぶたを開ける。そこには、天井にぶら下がっている裸電球が、煌々こうこうと橙色の光を放ちながら、揺らめいている。この部屋に、唯一存在する真鍮しんちゅうのネジ式錠が付いた木製の窓からは、外の薄暗い光がぼんやりと差し込んでいた。

 重たいまぶたを押し上げて、二十数年前に買った色茶けた目覚まし時計に目をやった。既に目覚まし時計としては機能していない、この時計の短針が八の数字を指していた。

 部屋には、タバコのヤニの臭いと酒の臭いが混在して異様な臭気として充満している。おそらく、この生活に慣れていないと、即座に吐き気を催すような臭気なのだろう。

 何年も干していない煎餅布団の上で、上半身を起こすと、寝ぼけた眼を擦りながら、もう一度、大きなアクビをした。その涙目に飛び込んでくるのは、この部屋のあり余る惨状だった。

 辺りには、お気に入りのタバコが五段積みとなって重なっている。こいつは赤のLARKだ。大量の吸い殻の積もった灰皿。三個 百円のガスライター。五百ミリの缶ビールの空き缶と酒ビンが混在して、転がっており、食べカスの散らかったつまみの袋たち。週刊誌と漫画雑誌、ギャンブルや成年雑誌。脱ぎ散らかした服が、ところ狭しと、散乱している。

 玄関を入って左側には、ホーロー製の狭い台所が併設してあり、その流しの中には食べ散らかした弁当の容器と、汚れた食器類が山積みになっている。

 手前にある台所の通路には、ゴミの回収袋が腰の高さまで積み上げられ、既に五袋に到達して占領していた。これでは、自炊用のコンロに辿りつくことすら困難だ。これらの生ゴミが、この部屋の悪臭の片棒を担いていると思われる。

 窓際に置いた二十六インチのブラウン管テレビは二か月前に、壊れてから使っていない。埃をかぶった扇風機と電気ストーブが部屋の隅に追いやられている。だが、意外にも下着という洗濯物は、部屋の隅の段ボール箱に納められているのが唯一の救いか。週一で、コインランドリーへ持ち込まないと大変なことになるのが玉に傷だ。

 いつ取り替えられたのか不明な色褪いろあせた畳が敷かれた四畳半一間。二階の最も西に位置する、この部屋は、夏は西日で暑く、冬は極寒の生活を満喫できる。風呂、トイレが共同で、築五十年という、木造二階建てのオンボロアパートが俺の住処だ。

 いつも、そうだが、酒を飲んで起きると、ぼんやりとした頭の中に、浮かんでくることがある。あれは、バブル絶頂期だった。土地の高騰を背景にした狂乱した時代。俺が春に大学を卒業してから早二十六年が経過する。

 当時の就職活動は、大手と呼ばれる企業から何社も、誘いを受け、接待漬けにされ、それを蹴るのが当たり前だった。あえて、『自分の道は』っとカッコいい『自分の道』理論を作り上げ、自分のやりがいのあるなどという煽(おだ)て文句に踊らされて、今では到底考えられない中小企業へ入社していた。

 だが、そうやって、やりがいがあると感じられるのは、一年目だけだ。二年目からは、新人扱いされなくなり、だんだんと苦痛になっていく。バブル景気も弾け、そして、三年で退職。そこからは、ただ坂道を転がるだけの人生が待っていた

 そして、今は、此処にいる。いつから、こんな堕落した生活に、甘んじていったのだろうか。大学の時の友人たちも、高校の同級生も、育った町の幼馴染みも、昔、付き合っていた彼女たちも、今は、それぞれが結婚して、仕事と家庭の両立に東奔西走しているのかと勝手な想像だけが独り歩きして、自分の惨めさを省みずにはいられなかった。

 幸せな生活とは、何かという、命題は、常に人々を焦燥しょうそうに追いやり、自己啓発を促す本がちまたにあふれる。あいにく、俺はそうした類の本が苦手だが、不安を払拭する手立てが欲しいのは共通していた。

 そうした、自問自答の中で、後悔と憤りが、葛藤を生み出し、堂々巡りを繰りかえす。やがて、そのやりきれない想いが、沸々と湧き上がり、時折、鋭利な刃物のように、怒りとして噴出ふんしゅつしていくのだ。

「畜生っ!」

 俺は、咄嗟とっさに、脇においてあった週刊誌を部屋の隅へ思い切り投げつけた。柔らかな雑誌がページをパラパラとめくれながら、壁に当たったが、バサバサッと落ちるだけで、特段バラバラに飛び散るわけでもない。

 やり切れない、空しい行動だと思うが、情けない感情が理性の範疇はんちゅうを越える事は、誰にもあるだろう。何かを探し、何かに出会うことの無い空間の中で、焦りといきどおりだけが広がっていた。しかし、何か変える努力をするわけもない。努力なんて、したくも無い。結局、そんな諦めと言い訳だけが、慰めとなるのだろう。

 ふと時計に目をやると、長針はいつしか六の位置を示している。

「おっと、もう、八時半か・・・。さて、そろそろ出かけるか・・・」

俺はボサボサになった髪を掻きむしりながら、ようやく万年床を脱出した。

(続く)


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