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波を漂う。

言葉にならない声がある。 ふっと感覚的に 波を漂う、そんな感覚が腑に落ちた。 波はあるものだ。 いろんな出来事、感情的な揺れ、身体の調子 心の傷、DNAの記憶 いろんな波があるのだけど、 もちろん、うれしいことも、嫌なことも 今朝、 ふっとそこを漂うを体験した。 一瞬一瞬、その感覚は違うのだけど、 こうやって波はやってくるのだなぁーと 腑に落ちたのだ。 言語化がとても難しいが、 これが正解というものではなく、 あぁ、そうか、そうか。 そんな感覚。 それは、受け止める

    • お仕事は好きだけど、できないわたし。

      一人旅の後は、家族時間、そして休息。 そして、今日はお仕事。 わたしは、やっぱりお仕事が好き。 全然、頭のキレも良くないし、 知識も薄っぺらい。 だけど、一緒に働いている同僚や患者さんが 好き。 だけど、 〝ちゃんとしなきゃ〟や 〝わたしできない〟や 〝わたしなんて…〟という 自信のなさがでてきて、邪魔をする。 こっそりバレずにという心理が働く。 だから、みんなの前で発表したり、 誰かと一緒にケアをするとなると緊張する。 どうにかしたいなーと思いつつ、 最近は周りがフ

      • 活動の後の眠気。

        あっという間に過ぎる1日。 旅から帰ってきて、 ホッとしたのか、眠たくて眠たくてたまらない。 やる気も出ないしというか やれる感じがなくて ぼんやりと寝て過ごしている。 こんなに眠くなることがあるのだろうか? ってくらい眠いのである。 わたしは、キャパがそんなに大きくない。 気持ちはとてもエネルギーがあるのだけど、 不思議と身体はついていかなくて なかなかのエネルギー不足なのである。 もっとエネルギーがあったらいいのにな そう思いながらも どうしても充電切れになるので

        • 会いたい人には会いに行く。

          はぁー、エネルギーチャージ。 すごいなぁー流れる様にスムーズだった この旅。 たくさんの人に会ったのに なんだか、ずっと一緒に過ごした様な そんなゆっくりした 時間でした。 不思議な感覚だった。 あ、わたし やっぱりこーゆーのが好き。 そう思えた。 あ、わたし 会いたい人には会いに行ってた! それを思い出した旅でもあった。 中学の時、たった1年だけ仲良くなった 友だちがいて 転校したから、たった1年で しかもクラスは違うし、小学校も違った なのにもう20年以上繋がっ

        波を漂う。

          エネルギーチャージ中。

          はぁー、楽しい旅。 振り返っても、どこに行っても わたしはあんまり観光というものをしたことがない。 そして、観光にはあまり興味がない。 今回も会いたい人に会いに行く そんな旅なんだけど、 ホントにホントに エネルギーチャージ。 そして、毎回友人たちが作ってくれるご飯が どれも 美味しくてたまらない。 7年ぶりに会う友だちんち。 マインドフルネス仲間の友人のおうち。 それぞれのご飯が美味しすぎて、 何回美味しいと言っただろう。 美味しいと思えるって 美味しいご飯って幸せ。

          エネルギーチャージ中。

          久しぶりの一人旅。

          久しぶりの一人旅。 と言っても、以前行かせてもらったのは去年の10月末だったかな。 わたしは、独身のときは ホントによく1人でいろんなところに 人に会いに行っていた。 飛行機やバスや電車をフル活用しながら。 転勤族だったわたしはいろんなところに 友だちや会いたい人がいて 大人になってよかったなーって 思うことは、 自分で会いたい人に会いにいけること。  独身のときはお茶をしに、 東京に行くという何とも贅沢なことをしていた。 まぁ、そんなことをしてるので お給料はいつも

          久しぶりの一人旅。

          ピカピカの一年生。

          三女の入学式がありました。 あんなにちっちゃかった、三女が小学生になるなんて、なんだか感慨深い。 長女が入学した、数年前 日常生活に余裕がなく 新しいことを受け入れることをすごく重く感じていた。 様々な書類や 小学校の生活に慣れるだろうかという不安 そんなものが重く 今では大したことないと思うのだけど、 当時はその重みに押しつぶされそうになりながら、子どもを見守るというよりも 自分が生きることに必死だったなぁーと 振り返る。 しかし、それを少しずつ緩和してくれたのは やは

          ピカピカの一年生。

          欲張りさんも、ほどほどに。

          私はどちらかと言うと、不器用な方だ 余計なことをたくさんして  多分仕事はあまりできない 先輩と仕事をすると、先輩の技術の高さ そして、てきぱきする感じにいつも圧倒される 尊敬の眼差しとともに 少しの劣等感が心にじんわりと漂う そして、 「私はどんな貢献ができているのだろう」 「いなくてもいいのかもしれない」 そんな、少し不快な感覚も漂うのだけれど 私はなぜか仕事が好きだ 最近、ミニマリストの人たちに憧れていて その人たちのSNSを見ては 尊敬の眼差しと私もこうなりたい

          欲張りさんも、ほどほどに。

          自律神経の調整力。

          昔、よく興奮して寝れないことがあった 例えば、部屋の掃除をした後 気になっていたことを調べ 自分の時間でノートや手帳を書く そうやって、自分の中で完璧と思われる良い状態 それをしてしまうと 交感神経が高ぶってなかなか寝付けない そうやって、交感神経が高ぶっているうちは 良いのだけど 急にその交感神経の電池が切れて シャットダウン つまり、うまくいかない状態 それが起こることがよくあった だけど、最近はそれがほとんどなく 交感神経が高ぶっている時も 高ぶっていると気がつき

          自律神経の調整力。

          実は幸せだった。

          人間24時間同じ時間が与えられている。 どうやってその24時間を使うのか? 人それぞれである。 情報もたくさん、 こうなりたいという思いもたくさん だけど、体も心も1つしかなく やっぱり体が元気であると言う事は 土台であり、基本である 人間は何を目指しているのだろうか 何のために生きているのだろうか 思い詰めて考えると、苦しくなるけれど 目指すことをせず 目の前のことに全力で向き合うことができれば もしかすると とても幸せな状態なのかもしれない 今まで、心の葛藤を

          実は幸せだった。

          子どもの遊び声。

          子どもが可愛いと思えなかった 少しでもいいから、子どもから離れたかった お願いだから1人にして欲しかった 大切な人を傷つけるのが怖かった こんな自分のことを好きだと言ってくれる子ども それがなかなか受け入れられなかった だから、もちろん子どもが楽しんでいる 遊び声 それすらも、イライラしたり、離れたくなっていた ふっと、今日子どもの遊び声が愛しい そう思える自分に出会った 嬉しかった コツコツした事は 自分へのケア もしかすると、 この何年も自分のケアしかしてないかも

          子どもの遊び声。

          家族時間に幸せを感じる。

          毎日書くと言っていたのに 気がつけば、数日過ぎている 私はいっぱいのことを同時にできないのだけれど いっぱいのことをしたい人。 家族といると、自分の事は後回し 1人時間が欲しくなり 1人で夜な夜なノートを書いたり ゆっくり気になる講座の録画を見たり そうすると あっという間に時間が過ぎてゆく そして、不思議なことに時間をゆっくり取ると そんなに悩みは無いことに気がつく 不思議なものだ。 1人の時間が欲しいと言いながら、 こうやってnoteを書く時間 取りたいなぁと思いな

          家族時間に幸せを感じる。

          瞑想ができなかった理由。

          わたしが瞑想ができなかった理由。 それは、 今まで生きてきた経験で、常に周りに注意を払っていた。 自分の内側というよりも、 自分の外側をみて、そして行動していた。 つまりは、自分の感覚を他人に委ねていたのだ。 また、小さいころのトラウマか 何かはわからないけれど、 自分が存在しているだけで安心するという経験や体感が 不足していて、 または自分の中で腑に落ちてなく 常に周りを気にし、言葉を選ばずに言えば 常に周りが敵という状態だったのだ。 そのため、交感神経を常に働かせていた。

          瞑想ができなかった理由。

          瞑想を続ける理由。

          わたしはマインドフルネス瞑想に出逢ったころ 瞑想と聞くと、宗教的とか なんか怪しいとか依存したらどうしようとか あまりいい印象がありませんでした。 そして、また瞑想を行って何の効果があるのか? または、瞑想する時間をとるのがもったいなく感じたり、 何も解決しないような気持ちに良くなっていました。 また、瞑想自体がとても難しく、じっとしていることができませんでした。 でも、わたしが瞑想を続けた理由は、 なんか効果があるっぽい 瞑想の効果を感じてみたい、経験してみたい あと

          瞑想を続ける理由。

          マインドフルネスの中の瞑想の位置づけ。

          「今、この瞬間に意図的にやさしい注意を向け、 物事をありのままに気づくこと」 瞑想という文脈で少しはなしていこうと思います。 もともと マインドフルネスは原始仏教瞑想をベースに 科学的に研究され、宗教的要素を除去して体系化したもの MBSR(マインドフルネス・ストレス低減法)が出発点で ここ最近現代に広まってきています。 マインドフルネスは状態であり、特性の言葉の表現ですが、 その状態や特性を強化するための方法として マインドフルネス瞑想があります。 そしてその瞑想実践

          マインドフルネスの中の瞑想の位置づけ。

          マインドフルネスという言葉。

          マインドフルネスって知っていますか? きっと言葉では聞いたことがあるかもしれません。 マインドフルネスとは、たくさんの定義があります。 今、わたしがしっくりくるのは 「今、この瞬間に意図的にやさしい注意を向け、 物事をありのままに気づくこと」です。 ありのままという言葉とやさしい注意には 「評価することなく、判断をくだすことなく」 という意味が含まれます。 mindful(マインドフル)とは、14世紀中ごろから使われている言葉で 「よく覚えている」ことを意味する言葉として

          マインドフルネスという言葉。