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新宿ゴールデン街でボッタくられそうになった話   (2170文字)

バイト仲間の悪友、古社と才川と俺の3人で新宿で飲もうということになった。
 
才川は古社の先輩で30超えているのにまだW大学の学生だ。顔は仲本工事に似ていて気がよく面白いのだがまあ酒癖が悪い。温厚そうな外見のわりに酔うと喧嘩早く腕っぷしも強い。体も大きくなく一見弱そうに見えるから歌舞伎町ではたちが悪い。その格闘武勇伝はどれもろくでもないのでここには書かない。
古社は色黒で目鼻立ちクッキリ名前の珍しさもあってか、いつも沖縄県出身者と間違われる。面白さでは負けてないが腕っぷしはさっぱりだ。
 
一件目の店は初めて行く店だった。珍しく少し高そうな店でドレスっぽい服の女性がお酒を運んでくる。古社と才川は以前来たことがあるようで落ち着いている。
きれいな女の子が来ると思ったら小太りのスーツの男が来て「お客様はこの店は出入り禁止でございますのでご退店ください」とにっこりとはしていたが、怒りを抑えきれない面持ちで腰をかがめ近づいてきた。
「いやいやいやマスターかたいこと言うなよ、飲みながら話し合いましょう」と才川はテーブルにある高級酒を皆に注ぎまくる。どうせまた酔ってとんでもない迷惑をかけたのだろうが、今日はわざと追い出されてタダ酒を飲もうという寸法か。
それにしてもしつこくマスターに絡む。たくさん店員も出てきたのでひと暴れするのかと思ったが、酔いが足らないのかあっさり引き上げ「カシかえようよ」ということで一銭も払わず次の店に向かった。
 
新宿2丁目のなじみのスナック良子(オカマバーではない)は混んでいたが席は座れそうだった。しかしママのお気に入りの太客がいたせいか品の悪い俺たちは追い出されてしまった。これになぜか才川は激怒した。普段のこの店での行いを知っている俺からしたら怒る筋合いはないと思うのだが、才川はプライドが傷つけられたのか大声でこんな店二度と来るか、カシ変えるぞとプンプンしながら神社のほうへ行く。
 
と、ゴールデン街の前にたどり着く。
そういえばだれもゴールデン街などというかっこいい処で飲んだことがなく、行こう行こうということになった。いったいどの店に入ったらいいか、迷い込んだ子ウサギのような俺たちに店のドアを半開きにしたママが呼ぶ。「2千円ぽっきりでいいよ」
ママというよりババという感じだった。
フランス語で「海」という名のこの店は5人入ればいっぱいという小さな店で暇そうだ。他の店は結構混んでいるのに。
もっと若いきれいなママさんや店員のいるところがよかったが、才川がマザコンなのか何なのかババ好きなのでしょうがない。
さっき追い出された良子のママも50歳くらいだが才川は惚れているようだった。もっともこの店のママはさらに一回り以上は間違いなく上だった。
 
カウンターの剣菱と書かれた一升瓶からコップ酒を注がれる。一度熱燗にした安酒が冷えて廃棄する酒を飲んだことがあるがそんな味だった。
ニセ酒の不味さはともかく、ママの面白くもなんともない苦労話に才川は盛り上がり、珍しく誰も不快にさせることなく楽しく酔った。W大学に通いながら自己肯定感ゼロで酔えば卑屈で暴力的になる才川にママは精神安定剤にでもなったのか。
流しがやってきて1曲弾いてもらうと才川はチップをはずんだ。
 
ちょっと飲んだだけだがお開きにしようと一人2千円払おうとするとママの態度が豹変した。
「一人2万円だよ、2千円でこんないい店で飲めるわけないだろう」
せっかく今日は何のトラブルもなく帰れそうだと思ったのに火がついてしまった。
才川は惚れた女に裏切られたみたいな訳の分からないことをわめいていた。ニセ酒の剣菱が気に食わなかったのか2本ともたたき割った。
「払わないならケツ持ちのヤクザ呼ぶからね」と黒電話をかけるママ。
ああこれは才川がもっとも喜ぶパターンだ。才川は早く呼んで来いとどこかにあった酒を飲みだす。
ママの態度からヤクザは嘘だなと思っていたら、案の定でいっこうに電話は繋がらない。
ふつうならヤクザが嘘でよかったと思うところだが才川は逆だ。きかん坊のように暴れだす。とにかく呼んで来いと拳の届くものはことごとく破壊する。
さすがにママが可哀そうになってきたので、古社が才川をなだめ2千円を払って帰ることにした。3人で2千円だったけど。
 
気分が悪いので同じゴールデン街の店で飲みなおそうと思ったが満員だった。でてきた店主にあったことを話すと、
「ああボッタくりだよ、あの店は。扉開けて客引きしてる店はヤバイよ」
と教えてくれた。
 
仕方ないもう帰ろうと神社の前まで歩いたら、才川は立ち止まり「ちょっと戻るわ。俺あのママに惚れたわ」と壊れた店のほうに戻ってしまった。
古社と俺は神社の前でしばらく待っていたが、才川を心配して古社が店のほうに行く。
 
壊れたボッタくり店は空っぽで、向かいの店に才川はいた。
カウンターだけの店で才川の横には老婆、つまりさっきのママがいてコップ酒を飲んでいた。恋人のように肩を抱き頬をすり寄せて「お前に惚れたんじゃ」と東北出身のくせに広島弁で何度もささやいていた。
「勘弁してください、勘弁してください」とママはコップ酒片手にポロポロ泣いていた。
 
ほおっておくしかないなと古社と俺は店を後にし神社の前で別れた。
その後どうなったかは知らない。
 
 
 
随分昔の話です。しょうもない実話です。

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