見出し画像

躁転の私へ、「やっぱり無理だ。」鬱の私がそう言ってますよ。

2日ほど前に躁転した瞬間があってその時は仕事行って嫌いな上司の前でぶっ倒れてやるなんてほざいてましたが、、、

予定の本日、やはり出勤できませんでした。

あの日は家族やいろんな人に向けてがんばる宣言しちゃってました。
お恥ずかしい・・・

今は、鬱期・・・とまではいきませんが、躁は落ち着き、冷静な判断でいろんな手続きを進めたり、洗顔や歯磨きをしたりはできる、ちょっと元気ないけど動けはする時期ってかんじです。


でもこれは病的なのでしょうか。と疑問に思いました。

双極性障害と診断されていない方々も、
こんなふうにあのときはできると思ってたけど、
やっぱりできないとか思うことって普通に生きてたらありそうですよね…

でもでも、それが極端すぎるから病的なのかな。

躁の時は細かいこと気にしてられないかんじです。
(ノートの線の幅に小さい文字が書けないくらい興奮して、手が震えて字が巨大になります。)

だから問題対処方法についてもおおざっぱな行動で誤魔化そうとしてしまいます。

丁重に、冷静に、着々と、っていうことができなくなります。

例:お金がない(問題)
 ー対処方法ー
 冷静な私:月々の支払いが減るようめんどうな手続きを進める、家計の見直しをする、メモを細かくとる、計算する等

 躁の私:がむしゃらに出勤すりゃ金は入るやろ!!!(自己検討能力が乏しくなり投げやり、無責任)
…まあそんな瞬間が意外と大事なときもある。


双極性障害と仕事について発信、様々な活動されている方が仰ってました。

あえて調子が少し悪いときの自分を、基準の自分とする。と

今まで調子が良いときの自分をよく知ってるから少し悲しくはなるけど、それが病気と付き合うにはいい考えなのかもしれません。

~ひとつここで思い出話~
高校時代、今思えばあれは軽躁状態だったのかな、
思い出して恥ずかしい。

普段真面目でおとなしいキャラの私が文化祭のときに陽キャグループを引っ張って、金髪ギャルのコスプレをしてステージでばりばり踊ったりしました。
その時は陽キャグループと仲良しだったのに、少し日にちが経つと、
「こんな元気な人たちと居れない・・・」ときつくなり、
クラスで割と落ち着いているグループに戻ったり、
ひどいときは人と話すことも億劫になり、休み時間は机に顔を伏せて過ごしたりもしました。
あの時は自分は気分屋だから周りに申し訳ないなとか思ってました。

そう考えると、付き合う友達もコロコロ変わってたし、
というか変えないと学生生活は生きてこれなかったのかもしれません。

この友達にはこういう自分を出して、
この子にはこんな自分で接して、、、とか相手によって自分をコロコロ変えてました。

みーんなと仲良くなりたかったから。
敵を作りたくなかったから。

そんな思いが今の私を形作ってきたのかなとちょっと気づきました。


今の職場でもそう、
この先生にはこんな自分で、この先生にはここまでで良いとか、
そんなふうに自分を変えてそれが年齢とともに下手糞になってきたのかな。変なプライドや自我が邪魔して、自分を変えれなくなってきた。
だから疲れるし、無理をする。
今の職場の人間関係は特にキャラの強い方々が多いから特に・・・。

それが一つの、割と大きなストレス要因になってると思います。

本当の自分は一体どれなんだ!?


来月の私がちゃんと生きれるように、今は冷静にできることを着々と進めたいと思います。

少し長くなりましたが、
ここまでお読みいただきありがとうございました。

共感のコメントなどいただけたらありがたいです。








 




この記事が参加している募集

仕事について話そう

なりたい自分

with ヒューマンホールディングス

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?