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プリンセスは宇宙飛行士

熱が出た。熱をだしながらむしろ心地良い倦怠感とともに体調を崩した自分に色々頑張ってたのだねと思いながら、今までのことを思い返していた。

一度だけ。本当に一度だけ。
「一人の女性として、一人の人間として、あなたを好きだった」
と言ってもらえたことがあった。心底、嬉しかった。

乾いた空気に見たことのない植物や広大な土地、いつもより広い空にいつもより多い星。目の前にはゆらゆらと揺れる火、私は夜空を見上げながら彼の上に身を任せていた。生まれた場所や時代何もかもが違っていたが、初めて全身を頼ることができるとおもった。世界のことをもっと知りたいと思った。好きだと思った。

その時は確か彼と宇宙の話をしていた。彼は、小さい頃はバックストリートボーイズと宇宙飛行士になりたかった。でも高いところが苦手で宇宙飛行士は諦めた。私の小さい頃の将来の夢も、お姫様と宇宙飛行士だった。互いにチヤホヤされたいと同時に宇宙を旅行したいなんて欲張りである。どちらも左利きで、色々なことに手を出して収拾がつかなくなるところも似ていた。

思えば不思議だった。なぜ自分が今ここにいるのか、彼と一緒なのか、自分で選んできたものだが、都合が良すぎるだろうと思った。空を見ながら、ふと疑問に思ったので、彼に聞いた。
「もしも私たちがする一つ一つの行動や選択が、もう初めからすでに決まっていて、誰かに決められていて、プログラムされていたとしたら?」

確かそれは「シミュレーション仮説」と言って、私たちが生きているこの世界は全てコンピュータでシミュレーションが可能であるという説であるということは後から知ることになるけれど。

彼の答えにとても驚いた。
「でもそれは、当たり前だよね。それが遺伝子というやつで、自分の体に刻まれているものじゃないのか」
私という人間が、毎日無意識に、あるいは悩みながら選択の連続を積み重ねていく。これは私の遺伝子が、そうさせているのだ。シミュレーション仮説とはまた別の話である。

ああ、私があなたと出会って、ここまできたのは、私の体が、血液が、遺伝子が決めていたことなんだ。運命なんてないとは思っていたけれど、ある意味運命的である。必然的とでも言えようか。

恋愛はチャンスではないと思う。私はそれを、意志だと思う。

太宰治

そうだ。彼に出会った理由、私がここにいる理由は、全部私の意志である。でも、私の意志は私の「遺伝子」が突き動かしていたなんて考えると、壮大で宇宙的だ。

そして、彼の遺伝子にも、私と出会うことが刻み込まれている。そのように、仕向けられていたのである。それを知っただけで、生きていてよかったと思ったのである。
結果的に、彼とはもう一緒にいない。戻ろうとも、思わない。けれど、出会ってくれたことの嬉しさや、時間をかけてくれたこと、全てに感謝をしている。

「一人の女性として、一人の人間として、あなたを好きだった」
自分にとって、こう言ってもらえただけで、生きている価値を感じたのだった。自分自身と思い出を大切にしたいと思った。
この言葉はきっと忘れることがない。

一人の人間として愛し愛されるためには、私の宇宙の中で確信することができる、意志と時間が必要なのだ。それまではのんびり、夢をみようじゃないか。待つのもいいし、たまに出かけるのも良いだろう。毎回私の意志が思い通りになってもらっては困る、たまに成功するからこそ、本物の感覚がわかるのだ。宇宙でたまに起きる、奇跡みたいな感じで。

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