小説「龍馬がやってきた~僕の鉄道維新物語⑤~」
5 ボイスレコーダーの記録(その1)
皆は元の座敷で飲み直しながら話を再開した。僕と課長はそれぞれ龍馬さんの左右に座った。向かいには九州の南郷さんと大久保さん、そして北海道の九楽(くらく)さんが座る。
この時、僕は千葉さんから返してもらったボイスレコーダーを上着のポケットに入れていたのを思い出し、何気に録音を始めた。
そしてこの日の『船中八策』で行われた会話が鉄道の未来を変えることになる。これはその記録である。
大久保「(まだ苛立ちながら)龍馬殿、先ほどの鉄道を国に返すという話じ
ゃが、そいはあまりにも無茶苦茶じゃち思うがの」
坂 本「そうかぇ? わしゃ、幕府でさえ潰して構わんち考えた男やき、お
まんたちとは確かに考えが少しずれちょうかもしれんのぉ」
大久保「国鉄は国がやりよったからサービスも悪うして皆からそっぽを向か
れて利用が減り、そいで潰れてしもたとじゃ。鉄道が民営化されたこ
つは絶対に成功じゃったと、おいたちは自信を持っちょるんで、国に
返すなんてことは一切認められん」
坂 本「そげんか? おいにはおまんらこそ国鉄みたいち思えるがのぉ。そ
して幕府の役人にも似ちょるのぉ。幕府も長い間日本を治めちょった
が、最後は弱腰のやつらばっかりになっちょった」
大久保「おいたちが国鉄や幕府の役人と同じと言うか?」
坂 本「同じちゃ言わんちゃ。じゃがのぉ、おまんらがウジウジ話しちょる
のを聞いちょったら、無性に腹が立っちのう。悪りぃけんどおまんら
の話は面白くなかったがじゃ!」
大久保「面白くないち、おいたちは真面目に考えちょる」
坂 本「だから悪りいと言ったがじゃなかか? 気分を害したんなら謝るき
に」
大久保「なんか・・・・・・合点がいかん」
南 郷「まぁ、大久保さん、もちっと静かに話そうか。龍馬殿もどがんか
の」
坂 本「すまんかったのぉ、南郷さん。言いたいのは、おまんたちが考えち
ょるのは、自分の藩、いやカンパニィのことだけということじゃ」
大久保「自分たちの会社が生き残るためにはあたりまえのことじゃなかとで
すか?」
坂 本「まあ聞きやんせ。おまんらのカンパニィは国鉄の頃はひとつだった
と聞いたがじゃ」
南 郷「ええ、国鉄、つまり国がやってた訳じゃっで」
坂 本「そうじゃろ? 国鉄が解体されて今の北海道鉄道、東日本鉄道、中
央鉄道、西日本鉄道、四国鉄道、そして九州鉄道に分かれたんじゃ
ろ?」
岡 田「あ、それと・・・・・・」
坂 本「あ、貨物列車のカンパニィもあったがじゃ。貨物鉄道だったっかの
ぉ、岡田君?」
岡 田「はい、そうです。あとシステムの会社とか、研究所とかもあります
けどね」
南 郷「龍馬殿、なぜあなたは・・・そんなに鉄道会社のことを知っちょっと
ですか?」
坂 本「わしか、わしはこん岡田君の頭の中に入っちょったんで、この岡田
君が知ってることが分かるみたいじゃ」
南 郷「そんなこつがあるとか? おい、岡田君、龍馬殿の言うちょること
はほんなこつか?」
岡 田「あ、はい。今日は色々とあったんですが……信じられないかもしれ
ませんが本当のことです。龍馬さん、国鉄は規模が大きすぎたのが災
いして潰れたんですよ。人も多すぎて末端まで指揮命令も行き届かな
かったんでしょうね。それで、今のような分割された民間会社になっ
たんです。その方が地域に根差した施策が立てれて会社を成長させる
のに都合がいいんです」
南 郷「それはちごっど、岡田君」
岡 田「えっ」
南 郷「国鉄が赤字だらけだったのは事実じゃが、規模が大きすぎたから潰
れたということではなか。自動車の普及が目覚ましかったこと、そし
て高速道路が日本全国に進展していったことが一番大きな要因じゃ。
そして、国鉄改革の一番の目的は当時過熱しすぎた組合運動を潰すた
めで、そのために鉄道は会社を小さく会社分けることになったとも聞
く」
岡 田「労働組合ですか?」
南 郷「そうじゃ。おいも国鉄には勤めちょらんで、詳しかこつは分らん
が、国鉄改革の後は日本の組合活動は縮小していったことは事実じ
ゃ」
岡 田「はい、でも日本は民営化をして、国鉄当時の赤字も減らすことが出
来たのは事実なんです」
武 市「龍馬殿、四国でも同じですが人の少ない地方の鉄道は今後人口自体
が減ってしまえば、乗降客が増える要素がないんです」
坂 本「じゃから、さっきから、ずっと自分の会社の金は出さんでええよう
に企てちょるわけじゃな」
武 市「何か悪いように聞こえますけど、鉄道が民間企業になった現状で
は、会社経営の観点で考えるとそれしかないんです。我々だって残せ
るものなら線路を残したい。そのためにはどんな手を使ってでも不採
算路線を無くし維持することが最大の命題です」
坂 本「南郷さんところはどげんか? 同じように考えとるがか?」
南 郷「あぁ、おいところも一緒じゃ。九州も新幹線はよかけんど、他の路
線はさっぱりじゃ。ヨーロッパのように線路を自治体の金で維持して
もらうことが、今とれる最善の方法じゃち考えとる」
坂 本「・・・南郷さんが、そこまで言うなら、なんか他のこつば考えんとい
かんな」
坂 本「おい、岡田君。おまんはいつまで黙っとるつもりじゃ?」
岡 田「はい?」
坂 本「おまんは、いつまで自分の考えを隠しとくつもりじゃち言うちょ
る。今言わんでいつ言うんじゃ?」
岡 田「いえ、僕は・・・」
武 市「なんの話だ、岡田?」
坂 本「こん岡田君は、まだ若いが頭の中に新しい鉄道像をちゃんと持っと
るがじゃ。わしは頭の中におったき、よぅ分かるがじゃ」
武 市「岡田はどんなことを考えてるんだ?」
岡 田「あ、いえ。そんなたいしたことでは・・・」
坂 本「岡田君は、おまんらに遠慮しちょうもんで隠しとるがじゃ。ええ歳
したおまんらに言っても聞いてもらえんち、勝手に思っとるがじゃ」
武 市「岡田、それは本当か?」
岡 田「あ、いや・・・僕は途中で会議を千葉さんに代わってもらって、今日
は少しも参加出来なかったんで」
武 市「なんだ、そんなことを気にしてるのか? でも今日の会議の準備は
ほとんどお前がしてくれたんじゃないか」
岡 田「はい、そうですが・・・・・・」
武 市「いや、この岡田は今回の会議の担当でほとんどの準備をやってくれ
たんです。でも、今朝、私と一緒に盗まれた龍馬像を見に来て、その
時に怪しい男、いや結果からすると・・・今ここにいらっしゃる・・・龍馬
殿になるのかな? ・・・を追いかけていって、その時に崖から落ちて
・・・そのときですかね? 岡田の中に龍馬殿が入り込んだのは」
南 郷「それはたいぎじゃったのぉ」
武 市「あっ、そう言えば、お前事故の後やたらとひとりごとを言っていた
が、あれは龍馬殿と話をしていたのか?」
岡 田「あ、はい。実は・・・」
武 市「そうかぁ、おかしいと思ったんだよな。あの時すでに龍馬殿と一緒
になっていたのか?」
岡 田「すみません。なんか説明しようと思ったんですけど、言えば言うほ
ど頭がおかしいと思われそうで」
南 郷「あはは、岡田君言うのか? おんしも大変じゃったな! 天下の英
雄、坂本龍馬に乗りうつられたんじゃからな」
岡 田「いや、まぁ、最初は混乱しましたけど、今は龍馬さんが僕にとりつ
いたなんてちょっと嬉しかったというか……」
坂 本「おい、岡田君。人を幽霊みたいに言ったらいかんがぜよ。わしは生
きちょるきに」
(皆の笑い声)
南 郷「そうじゃ、さっき龍馬殿が言いかけたおまんの考えちゅうのを聞か
せてたもんそ」
岡 田「あ、いえ。僕の考えなんて・・・」
南 郷「遠慮ばすんな。あの坂本龍馬が立ち会ってくれとるんじゃ。自信を
持って言えばよか」
岡 田「いや、僕は東京の大学を出て、地元の鉄道会社に入ったんですが、
四国内での鉄道はお客さんが少なくて、入社した頃に現場で一緒に働
いた多くの先輩たちから『高速道路もこんなに作られてしまって、新
幹線はともかく、もう鉄道の時代じゃない』って良く言われたんです
よ。
大久保「ああ、それはおいも若か頃、同じこつを言われた。国鉄が民営化さ
れた直後のことじゃったが」
九 楽「会社は合理化だ効率化だって。人件費がまだ高いからもっと人を減
らせないかって言われてたな」
岡 田 「でも、僕はエネルギー効率の高い鉄道をもっと伸ばさないと、環境
問題がもっとひどくなるって考えて、せっかく鉄道会社を選んだのに
・・・なんか納得できなくて」
武 市「でも現状では鉄道での移動は全交通手段のたった五パーセントぐら
いだよな」
岡 田「そうなんです。自動車と高速道路が普及しすぎて、みんなどんな長
距離でも自動車で移動して、・・・確かにハイブリッド車とかだいぶ普
及しましたけどそんなものじゃ到底、状況は改善されないと思ってま
す」
南 郷「そうじゃ。特にここ最近の雨と台風はひどくなった。九州もひどい
災害が毎年のようにおこるで今も復旧が終わっちょらん」
九 楽「北海道も昔は豪雨や台風に逢うなんてことは無かったのが、ここ三
年でひどい事態になってしまった」
岡 田「で、なんか悔しくて鉄道をもっと発展させるために何か出来ないか
って思ったんです。鉄道は大量輸送機関なので、人がたくさん乗って
こそ効率の良いわけで・・・でも人口の少ない田舎では空気を運んでい
るみたいな列車も多くて」
南 郷「君は何が言いたいんか? はっきり言いやんせ」
坂 本「岡田君、こん南郷は大きな鐘のような男じゃち言うたろう。叩かに
ゃ鐘は鳴らんがじゃ、岡田君、思い切り鐘を叩いてみぃ。きっと応え
て大きな音が鳴るがじゃ」
岡 田「分かりました。そこまで言ってもらえるならば、僕が考えているこ
とを正直に話します。ぜひ、笑わないで聞いてください。
…ぼ、僕は鉄道を『乗り放題』に出来ないかって思ったんです!」
つづく
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