武器になる哲学
要約
・論理だけでは人は動かない
人の行動を本当の意味で変えさせようと思うのであれば、「説得よりも納得、納得よりは共感」が求められます。
アリストテレスは著者『弁術論』において、本当の意味で人を説得して行動を変えさせるためには「ロゴス」「エトス」「パトス」の三つが必要だと説いています。
「ロゴス」とは論理のことです。
しかし、それだけでは人が動くというと、そうはいきません。
つまり「論理」は必要条件であって十分条件ではない、ということです。
次に挙げているのが、エトスです。
「エトス」とは、倫理のことです。
いくら理にかなっていても道徳的に正しいと思える営みでなければ人のエネルギーを引き出すことはできません。
そして三つ目の「パトス」とは情熱のことです。
本人が思い入れをもって熱っぽく語ることで初めて人は共感します。
つまり、「話に筋が通っていて、道徳的にも正しく、情熱を持って伝える」ということです。
・あなたの「やっかみ」は私のビジネスチャンス
「ルサンチマン」を哲学入門書の解説風に説明すれば「弱い立場にあるものが、強者に対して抱く嫉妬、怨恨、憎悪、劣等感などのおり混ざった感情」ということになります。
ルサンチマンを抱えた個人は、その状況を改善するために次の二つの反応を示します。
①ルサンチマンの原因となる「価値基準に隷属、服従する」
②ルサンチマンの原因となる「価値判断を転倒させる」
この二つの反応は、友に私たちが自分らしい、豊かな人生を送るという点で、大きな阻害要因になり得ます。
まず一点目です。
周囲のみんなが高級ブランドのバッグを持っているというのに自分だけが持っていない、というような状況を想像してください。
この時、自分が本当に欲しいものではない、自分のライフスタイルや価値観には合わないとして、そのブランドバッグを拒絶することももちろんできるわけですが、少ない割合の人々は、「同格のブランドバッグを購入する」ことで抱えたルサンチマンを解消しようとします。
しかし、当然のことながら、このような形でルサンチマンを解消し続けても「自分らしい人生」を生きることは難しいでしょう。
自分が何かを欲しているというとき、その欲求が「素の自分」による率直な欲求に根ざしたものなのか、あるいは「他者によって喚起された」ルサンチマンなのかを見極めることが重要です。
次は二つ目です。
例えば「高級フレンチなんて行きたいと思わない、サイゼリアで十分だ」というような意見がその典型例です。
この主張は一般的に考えられている「高級フレンチは各上で、サイゼリアは格下」という価値観を、わざと転倒させてやろうという意図が明確に含まれている、ということです。
まず、そもそも「高級フレンチ」などというレストランは存在しません。
当然のことながら、A店は好きだけどB点はいまいち。といったこともあるわけで、「高級フレンチ」を一括りにして「良い・悪い」を比較できるようなものではありません。
つまり「高級フレンチ」などというレストランは抽象的な記号にすぎないということです。
ではなぜそのような空虚な主張をしているのかというと、その背後に「高級フレンチで食事をするのは成功者だ」という価値判断を転倒させたい、というルサンチマンがうごめいているからです。
このように主張している本人たちは、「自分は高級フレンチにはあまり行ったことがないけれど、サイゼリヤでも十分美味しいよ」と言えばいいし、さらには単に「サイゼリヤが好きだ」と言えばいいだけのことでしょう。
なぜ、そう言わないのか。
理由はシンプルで、「そんなことを言っても本人のルサンチマンが解消しない」からです。
抽象的な記号でしかない「高級フレンチ」という概念を持ち出してサイゼリヤとの価値比較をしたうえで、「自分は後者を好む」とご丁寧に主張なさるというのは、「前者を好む人たち」よりも「自分たちは優位にあるという主張にこそ主眼がある」ということでしょう。
・人は、自分の行動を合理化するために、意識を変化させる生き物
朝鮮戦争当時、米軍当局は、捕虜となった米兵の多くが短期間のうちに共産主義に洗脳されるという事態に困惑していました。
彼らは捕虜となった米兵に「共産主義にも良い点はある」という簡単なメモを書かせ、その褒賞といしてタバコやお菓子など、「ごくわずかなもの」を渡していました。
この不可解なエピソードは「認知的不調和理論」によって説明することができます。
まず、自分はアメリカで生まれ育ち、共産主義は敵だと思っています。
ところが捕虜になってしまい、共産主義は敵だと思っています。
ところが捕虜になってしまい、共産主義を擁護するメモを書いている。
この時、贅沢な褒賞が出ていれば、「贅沢な褒賞のために、仕方なくメモを書いた」というストレスは消化されることになります。
しかし、実際に貰ったのはタバコやお菓子などの「些細な褒賞」でしかない。
これでは、「思想・信条に反するメモを書いた」というストレスは消化されません。
ストレスの元は「共産主義は敵である」という信条と「共産主義を擁護するメモを書いた」という行為の間に発生している「不調和」ですから、この不調和を解消するためには、どちらかを「変更」しなくてはなりません。
「共産主義を擁護するメモを書いた」というのは事実であって、変更できません。
変更できるとすれば「共産主義は敵である」という信条の方ですから、こちらの信条を「共産主義は敵だが、いくつか良い点もある」と変更することで、「行為」と「信条」の間で発生している不調和のレベルは下げることができる。
これが米兵捕虜の脳内で起きた洗脳のプロセスです。
私たちは「意志が行動を決める」と感じますが、実際の因果関係は逆だ、ということを認知的不調和理論は示唆します(アズイフの法則)。
外部環境の影響によって行動が引き起こされ、その後に、発現した行動に合致するように意志は、いわば遡求して形成されます。
つまり、人間は「合理的な生き物」なのではなく、後から「合理化する生き物」なのだ、というのがフェスティンガーの答えです。
・「見えない努力もいずれは報われる」
日の当たらない場所であっても、地道に誠実に努力すれば、いつかきっと報われる、という考え方をする人は少なくありません。
このような世界観を、社会心理学では「公正世界仮説」と呼びます。
公正世界仮説の持ち主は、「世の中というのは、頑張っている人は報われるし、そうでない人は罰せられるようにできている」と考えます。
しかし、実際の世の中はそうなっていないわけですから、このような世界観を頑なにもつことは、むしろ被害の方が大きい。
「努力は報われる」と無邪気に主張する人たちがよく持ち出している根拠の一つに「一万時間の法則」といものがあります。
この代表格とされるモーツァルトが、実際には幼少期から集中的な努力を積み重ねていたという事実を論拠として挙げて、やはり「才能より努力だ」と結んでいるのですが、これはよくある論理展開の初歩的なミスで、実は全く命題の証明になっていません。
まず、真の命題は次のようになります
命題1:天才モーツァルトは努力をしていた
命題2:努力すればモーツァルトのような天才になれる
を真としてしまうという、よくある「逆の命題」のミスです。
正しくは
命題1:天才モーツァルトは努力をしていた
命題3:努力なしにはモーツァルトのような天才にはなれない
であって、「努力すればモーツァルトのような天才になれる」という命題は導けません。
実際の研究結果はどうかというと、一万時間の法則が成立するかどうかは、その対象となっている楽器・種目・科目によることがわかっています。
つまり、いたずらにこの仮説に囚われると、やってもやっても花開くことのない「スジの悪い努力」に人生を浪費してしまいかねない、ということです。
さて、ここからは「公正世界仮説」の別の問題点を指摘します。
それは、この仮説に囚われた人は、しばしば逆の推定をするということです。
つまり「成功している人は、成功に値するだけの努力をしてきたのだ」と考え、逆に何か不幸な目に遭った人を見ると「そういう目に遭うような原因が本人にもあるのだろう」と考えてしまうわけです。
ナチスドイツによるロマ人やユダヤ人虐殺などの世界観、すなわち「世界が公正である以上、苦境にある人は何らかのりゆうがあってそうなっている」という世界観に基いてなされたということを決して忘れてはなりません。
さらに「努力は報われる」という公正世界仮説に囚われると「社会や組織を逆恨みする」ことになりかねないという点も指摘しておきたいと思います。
世界の建設に携わっているビジネスパーソンにこそ、「哲学・思想」のエッセンスを知っておくべきだ。
理由は大きく、次の四つになります。
①状況を正確に洞察する
哲学者の残したキーコンセプトを学ぶことで、この「いま、何が起きているのか」という問いに対して答えを出すための、大きな洞察をえることができる。
②批判的思考のツボを学ぶ
対象となる問題はもちろん異なりますが、このような「自分たちの行動や判断を無意識のうちに想定している暗黙の前提」に対して、意識的に批判・考察してみる知的態度や切り口を得ることができる。
③アジェンダを定める
「課題設定の能力」の鍵は「教養」です。なぜかというと、目の前の慣れ親しんだ現実から「課題」を汲み取るためには、「常識を相対化する」ことが不可欠だからです。
④二度と悲劇を起こさないために
過去の哲学者がどのような問いに向き合い、どのように考えたかを知ることは、とりもなおさず、私たち自身が、当時の人間と同じような愚かな過ちを再び繰り返すことのないよう、高い費用を払って得た教訓を学ばせてもらうという側面があります。
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